心霊探偵八雲


□red zone
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彼女のことを、はじめはうっとおしいと思っていた。トラブルを持ち込む、厄介な存在だと。
でも、左眼を「きれい」だと言われた瞬間、何かが変わった。
いままで「異質」だと言われたことはあっても、「きれい」だなんて言われたことはなかったから。
何て変わった人間なんだ、と思うのと同時に、くすぐったい気持ちになったのを覚えている。彼女は僕に気を遣っているわけでもなんでもない。
知り合ってしばらく経つにもかかわらず、未だに僕の左眼を見つめてはうっとりしているのを知っている。
それから、自分が手元に置いていたくなくて渡したネックレスを、ずっと身につけて大事にしてくれているのも知っている。
最近はそんな彼女をみると、凪いでいる心が小さく波立つようになった。奇妙な感覚だけれども、悪くはない。
何よりも、彼女の訪れを心待ちにしている自分がいて、自分にも人並みに『人恋しい』と思うことがあったのかと、驚いている。


☆☆☆
足音には個性があって、まどろみのなかで、僕はいつも聞き分ける。
後藤さんのはどかどかと遠慮がない。本当に熊みたいだ。石井さんのは軽くて、自信のなさが現れているかのようだ。あの人は自分の実力と自信とが見事なまでに見合っていない。もったいないことだと思う。そして、彼女のものはとても軽やかで、微妙に跳ねているのがおかしい。
―――ああ、今日もやってきた。
「やあ!」
威勢のいい声。色気のかけらもない。
「そんなに声を張り上げなくても聞こえる」
「久しぶりに会った友人に、第一声がそれ?寝起きだから頭に響くだけじゃないの」
「自覚がないんだな。そのうち熊みたいになるぞ」
「熊って・・・八雲君、後藤さんに失礼だよ」
「失礼なのは君じゃないか。特に後藤さんを指していったわけじゃないんだが」
そう言うと、彼女は焼き餅みたいにふくれた。本当に面白い。
こんなやり取りでも、彼女が楽しんでいるらしいことは見ていてわかる。相当な変わり者だとしか言いようがない。
彼女はひとしきり自分の喋りたいことを喋ってから、椅子に腰掛けて「最近の流行り」だという本を読み始めた。どこまでもマイペースだな、とあきれるのも束の間(一度そんなことを本人に言ったら、八雲君だけには言われたくないと非難轟々だった)、僕も残していた課題に手をつけることにした。


一時間ほど経って、課題に目処がついた頃。
やたらと彼女が静かだと思ったら、本を手にしたまま寝ていた。器用にも、中指をしおり代わりにして。どうしても眠気を我慢できなかったのだろうが、仮にも男と二人きりの部屋でと複雑な気持ちになる。安心しているとか、そういう問題ではないのだろう。ただ無頓着なだけだ。それに僕はイラッとする。
―――他でもきっとこうなんだろうな。
そう思って。
ため息をついてから、タオルケットを彼女にかけてやる。そのときに首に下げているネックレスが目に飛び込んできた。
鮮やかな、赤。
湧き上がる感情を何といえばいいのだろうか。
惑いつつも、彼女を呼んでみる。普段は口にしない、彼女の名前を。
「晴香」
するとかすかに身じろいだ。僕は愉快な気持ちになって、左手を彼女の頬に添える。
そして右手で前髪をかき分けて、額に口づけた。
くすぐったそうにするのが可愛くて、一番柔らかそうなところを指でなぞると、そのぬくもりに心がはねた。もう一度、とこんどは自身のそれをそっと重ねあわせる。
掠めるようなキス。
これは無頓着な彼女への罰だと、自分に言い訳をしながら。・・・そんなもので満足したわけではないけれども。

そうしていつも僕の皮肉にムキになって怒る、彼女の顔を思い浮かべて考える。


さあ、起きたらどんな言葉をかけてやろう。




fin


寝込みを襲うとは、女の敵ですね。
こんな状況でも、晴香ちゃんはガッツリ寝てます。

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