企画

□異常な場所での異常な町長の話
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『黒の教団というところに、娘を狙われているのです』

―――大丈夫。私が守ります。

相手がどれだけ強大でも、相手がどれだけ非道でも、相手がどれだけ恐ろしくても。

私の敵ではありません。


『ああ、申し訳ありません。町長さん。貴方が守って下さったのに、油断しました…!』

―――大丈夫。私が取り戻します。

血の繋がりはなくとも、一度受け入れた以上、貴方方は私の家族。

家族を奪うなんて、許すわけがない。


「正義などありません。善などありません。あるのはただ大義名文を残した悪のみ」


この世界の異能である彼等。
この世界の異常である彼等。
この世界の中心である彼等。

だからといって許しはしない。

私は私の家族を奪う人間を許しません。



黒の教団本部。

絶壁の崖の上という土地柄からか、あまり人の来ない門側。

そこに、お世辞にも動き易そうとは言えないしっかりをしたスーツを着た人間が一人、いた。


「おやおや…まるで悪の総本部…。まあ、関係ないですね」

全て壊すのですし。


女とも男ともとれる細身のその人物は、穏やかな笑みのまま付近にいた蝙蝠のようなものを静かに、けれどしっかりと鷲掴みにする。

頑丈な作りであるはずのゴーレムがミシミシいっていた。


「私、とある町の代表として来ました。要望は一つ。我が町から攫った少女を返して頂けます?」


穏やかに表情はそのまま。けれど込められた力はゴーレムを軋ませている。

とうとうぐしゃり、という音と共に潰れてしまった。


「………案外脆いのですね」


溜め息をつき、その人物――町長は視線をぱたぱたと飛んでいるゴーレムに向ける。

壊されては堪らないと思ったのか、ゴーレムは付かず離れずの距離を保ったまま声を再生した。


《攫った少女とは?》
「分かりません?ドイツ南部に住んでいたイノセンス適合者を探していたのでしょう?名前はシュテアネ、八歳。そして彼女をスイス西部で発見。攫いましたね?」
《っ…!》


分かりやすい反応に町長は溜め息を吐く。

通信越しに分かるほど反応してどうするのか。


「要望はただ一つ。彼女を返しなさい。そうすれば他の罪は問いません」
《……彼女は返せない。世界のために必要だ》

「世界?なんて下らない」


小を捨てて大を取る。
その選択は至極真っ当だ。

けれど、納得出来るかと言われたらまたそれは別。

世界が理性で出来てると思うならば、大間違いだ。


「シュテアネの家族はそれを認めなかったのでしょう。世界より家族を取ったのです。シュテアネもそんなことを認めていません。……シュテアネを返しなさい。返さないのならば力付くで行きます」


大を捨てて小を取る。
それだって間違っているわけではない。

世界なんて曖昧模糊なもののために、人類なんて殆ど関わりない人間のために、家族を差し出すのは嫌だと。

それもまた、答え。


《彼女は返さない。いや、返せない》
「……そうですか」


ならば、力付くでいきましょう。

細い銀縁フレームの眼鏡を押し上げて、町長は不気味な門に近付く。

何だか変な顔があるが、それは無視だ。


「うーん。随分分厚いですね…。少し本気でいきますか」


やることはとても単純。

足を引き、思い切り蹴る。それだけ。

その細身の体では、逆に足の方が折れそうなものだが、町長の場合は違う。

分厚い扉が、へこんだ。


「あと一回ですかね」


ばこん、だかばきん、だか、そんな響く音がして門に人が一人通れるくらいの歪な穴が空いた。

町長はぐー、と伸びをしてから、笑顔を深める。


「さあ――あの子は何処にいますかね」


世界よりも何よりも

大切なものは、家族なんです。





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