「あァ……、また目が覚めないかと思ったぜ」 朝のコーヒーを淹れていた手をとめて、振り返る。白く濁って、よく見えていないという目をなんとなくこちらに向けながら、ゴドーさんがぼさぼさの白髪のままそうつぶやいていた。 「嫌になっちまうな。毎晩毎晩、怯えながら寝るのさ。コネコちゃんのいない日なんか、特にな」 「……ゴドーさん」 ゴドーさんは目にかかった前髪をぐしゃっとかきあげると、嘲るように笑う。 「朝っぱらから気分最悪だ」 「ゴドーさん……」 ゴドーさんは私の声を聞いていないようだった。というより、私が何をしているのか、どこを見ているのか、どんな表情をしているのか、全てわかっていないみたいだ。仕方ないことなのだけれど、無性にそれが切なくて、思わず泣き出してゴドーさんに縋りたくなった。ちゃんと私を見てよ。私はここにいるし、ゴドーさんに語りかけてもいるんだから。涙を堪えるのに必死で、じっと黙っていると、ようやく私の様子に気づいたようで、ゴドーさんはベッドから脚をずりずりとおろし、立ってこちらへ歩こうとする。目がよく見えていない上に、身体にガタがきているのだから当然だ。ゴドーさんの片膝は身体を支えきらずに崩れる。泣いてる場合なんかじゃなかった。 「っ、ご、ゴドーさん。大丈夫……?」 「どうした、コネコちゃんよォ、随分元気がないみてぇだが?」 ベッドの横からゴドーさんのうっすらと赤く光る機械を手繰り寄せて、それをゴドーさんに渡す。 「だってゴドーさんが、あんなこというから」 「……ああ」 ゴドーさんは煩わしそうにしながらそのゴーグルのような物をつけると、ゆっくりと顔をあげて私の目を見る。 「クッ……おい、なんだ。泣いてんのかい?仕方ねえな、うちのコネコちゃんは……」 ゴドーさんは眉を寄せながら、私の目の端に溜まる涙を拭う。その手を、掴んで、私はゴドーさんに抱きついた。 「おはよう、ゴドーさん。明日も、明後日も、こうやって、お早うって言うから。だから、返事して、ゴドーさん。何回でも、いいから」 ゴドーさんは暫く呆気に取られたように私を凝視していた(私からは彼の目が見えないのであくまで推測だけれど)。そして、私のあんまりにも真剣な表情が馬鹿らしくなったのか、私の髪をぐしゃぐしゃにかき回していつもの調子で笑った。 「クッ……、ったく、いい女だぜ、あんた。明日も頼むよ。……お早う、梛」 より一層強くゴドーさんを抱きしめる。ゴドーさんもそれに応えるように、ぐっと力を込めてくれた。開けられたカーテンから、朝日がきらきらと差し込んでいる。大丈夫、今日も大丈夫。そして明日も、明後日もずっと大丈夫。ゴドーさんも私も毎朝目覚まし時計のけたたましいベルに呼ばれて、ぐだぐだしながら起きるんだ。そして、何回でも言おう、お早うって。 |