短編

□地上に空をうかべる
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響也さん。声をかけてみる。響也さんが振りかえる。私の顔を見て、笑う。たったそれだけのことが、そんな一瞬が愛しくてたまらない。なによりの宝物。私がここに存在する、意味。歩み寄れば頭を撫でてもらえて、くすぐったいと笑えば響也さんも笑う。もうじき、こんな風には出来なくなるかもしれない。そう思うと、胸がチクンと痛んだ。離れないで、ずっと、ずっと側にいてほしい。立ち止まる、私の隣に。そんなことは叶わないと知っているし、歩みを止めない響也さんが好きだから私は、本気でそう願うことはしない。響也さんが望むことだから、私も望む。私の中に私はいない。それでもいいとずっと思ってきた。響也さんが居てくれたから。


「梛」

「ん」

「手を出して」


言われたとおりに手を広げて響也さんに差し出すと、私の手のひらにぺたんと何かが置かれた。それは、響也さんの使っていたギターのピックで、綺麗な模様が描かれている。響也さんを見上げる。昔からずっと変わらない優しい笑顔を響也さんが浮かべた。


「君に預かっていてほしい」

「これを?」

「一人前の検事になったら、迎えに来るよ」

「……」

「それまで、君が持っていて」


いつか、空を見て響也さんが呟いた言葉を思い出した。あそこに足をついてここを眺めることができても、きっと僕は小さすぎて見えないんだろうな、と。地上が空で、空が地上なら、ここはとても狭く、とても広く見えるんだろうな。そしてきっと私なら、いや絶対に響也さんを見つける事が出来る。根拠も証拠もなんにも無いけど絶対。響也さんを見つけられない筈がない。もしもこれから先、響也さんが私を迎えに来ることが無くても、その時は絶対、私が響也さんを探し出して迎えにいく。そこがどんなに遠くて、狭くて、それでいて広すぎても。






地上に空を浮かべる
きっとこれが目印になる







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