短編

□Lost article
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俺の名前を呼んでいた、君の声が思い出せないんだ

「ソウタくんこれを運んでね」

「は、はい……課長!」


「僕」は全てを思い出したはずなのに。父親のことも、マノスケのことも、三和マリーのことも、了賢さんのことも。それなのに、思い出せない。僕を……俺を呼ぶ、声が。声の主が。濁り腐った記憶の沼から俺はやっと這い上がった。恐ろしくてたまらない、過去から。まとわりついて離れない恐怖の記憶から。俺を追う存在から。……それなのに。汗がポタリと落ちた。暗い部屋の中で、怯え続けた俺は、弱さを知った。誰も頼ることの出来ない恐ろしさを。そんなとき、俺を支えていたのは。


『草太君』


『…カ……ミ、草太…』


額を伝って、汗が目に入る。オリから手を離して目を擦ろうとしたとき、一瞬何かが、蘇ったような気がした。カザミ。頭に鋭い痛みが走る。カザミ……。ずるずると荊の蔦を引きずり抜かれるみたいに、痛む。脳がやけつくようだ。なにかが。何かが俺を……。


『草太君!』


教室。小学校か?俺の名前を呼ぶ、透き通るような声。ああ、俺はこの声を知っている。昔、ずっと昔に俺を呼んだ声。どうして忘れていたんだろう。俺は、誰だ。氷堂草太……そうだろう?誰か、誰かが俺を……。カザミ。彼女の声が、何度も何度も反響しながら俺の頭を支配する。いつか、会いに行く。彼女に……梛に。必ず会って、伝えることがある。だから耐えるんだ。怖いよ……。


「……梛」


俺が落とした記憶は、無くしたものは、なんだったんだ。どうして……。俺の記憶はどうやら、濁って腐っただけでは無さそうだ。もっとずっと深くて、到底俺には見つけられそうにない。梛、君に逢えたら、何かが変わるのか。






Lost article
ぼくのほんとうのおとしものは










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