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□恋心2
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呼び鈴が鳴り、ドアが叩かれる。
来たか、と。カカシは溜息を吐いて愛読書を閉じるとベッドから身を起こした。
忍ばせることのない足音が近づいてくるのは分かっていた。
足音の主が誰であるのかも、何の用があって尋ねてきたのかも、カカシには分かっている。
さて、問題は……
おそらく彼女は昨日のことを覚えていないだろう。しかし、覚えていたら? 覚えていたらどうだというのだろう。
責めに来たのか、からかいに来たのか、いや、ただベストを返しに来ただけだ。
このまま居ない振りをしてもいいが、里は狭い。会おうと思って歩けば会えて普通。それではサクラの休日を一日無駄にしてしまう。
「せんせー?」
ああ。居ることは悟られている。もう半端に気配を隠すくらいでは通用しないな、と弟子の成長を素直にうれしく思いながらカカシはドアを開けに玄関へ向かった。
かちり。鍵を外しドアを開ける。
彼女の名前と同じ色をした髪、青磁色の目。快活そうな表情。
想像した通りのサクラがそこに立っていたけれど、カカシをみて何を言うべきかと戸惑っているのがわかった。
「おはよう、サクラ。調子はどう?」
「おはようございます、カカシ先生。絶好調二日酔いです」
「うん、だよね。お茶飲む? あがっておいで」
くるりと台所へカカシは足を向ける。
「え、はい。お邪魔します」
意外に思っただけのようで、サクラは躊躇いもしなかった。やはり、昨日のことは何も覚えていないようだ。
「適当に座って」
声をかけるとテーブルの側にサクラが腰をおろす。
「先生。わたし昨日迷惑かけましたよね、ごめんなさい」
そうだな、気をつけろと。
言えば良いと思うのに昨日のことがよみがえってカカシはすぐに言葉を次げなかった。お茶を持ってサクラの向かいに座る。
「覚えてるの?」
「全然」
「それ、よくわかったよね」
顎で示した先にはサクラの持ってきた包みがある。中身は昨夜残していったベストだと検討はついている。
「わかりますよ。当然です。先生はわたしの先生だから」
もっと警戒してくれていいよ、サクラ。
そう思っているが心からの信頼が捧げられてしまっている。
だが例えばどんな死に方をしたって彼女にはおれがわかるだろうとカカシは感じる。
師としてのよろこびと、サクラを好きでいる人としてのよろこびが入り交ざった。この子が好きだ。
湯飲みを両手に包み込んで冷ますために息を吹きかけている様子をみながらカカシは思案する。
サクラと接するたびに、男だとは思われていないと感じるが、そう仕向けているのは己自身だ。
だからいつでも変えることは出来る。そのきっかけも機会も、今ここにそろっていた。
これまでのすべてが壊れてしまう可能性、新しい関係の始まる可能性。
ずっと面倒で、変わらない方が良いような気がして何もしてこなかったがもう、潮時だ、降参だ。
湯飲みをテーブルに戻す。サクラが同じように湯飲みをテーブルに戻した。無意識の親愛行動。
サクラが追いきれるかきれないか。そんなぎりぎりの速さでカカシが腕を伸ばすと、簡単に首元に触れる事が出来た。
例えばもしこの手が敵対する相手のものであったら?
サクラの命はもうない。けれどカカシを相手にサクラはただ驚きに目を開いて何かを言葉にしようと口を開こうとする。
自分の匙加減で彼女が死ぬかもしれないと思うと、ぞくぞくした。彼女が、そんなことが起きると露ほどにも思っていない事実に愛おしさと、いじめてみたい衝動がぶつかった。
「可愛いね、サクラ」
カカシの手を払いもせず、びくりと肩を震わせた。致命的な血管の通るその場所が体温と心拍数の上昇をカカシの指先に伝えてくる。
「君が、気がつかないわけないとおれは思うんだけど」
昨夜つけたキスの跡を、医忍であるサクラが虫さされなどに勘違いするわけもない。
「誰にされたと思った?」
指の腹で撫でさする肌がざわりとあわ立つ。
「誰って……」
問いの答えも本当のこともわかっているだろうに口ごもる。迷っているのか、言葉にしてしまうのが怖いのか。
「なんでここに来たのサクラ?」
ひと撫ですれば消せる跡をつけたまま、ベストを返すなんて口実でしょう? もっと、他に聞きたいことがあるんでしょう? と迫るのは一方的過ぎて卑怯だとカカシは思うがやめなかった。
「なんで、って……!」
サクラの右手が動いて首に触れているカカシの腕を掴んだ。予想外の動きにカカシの反応が一瞬遅れたが、それにしてもサクラは速かった。
医忍に求められるのは速さだ。治療が必要な者のところまで走れる足と、治療する為に自らが傷を負わないこと。攻撃を受け止めるよりも避けることを徹底して叩きこまれる。
「なんでじゃない、誰がじゃない! 私をずっと子ども扱いするくせにこんなことして私に全部言わせようとして、いつもなんだって受け止めるばっかりで、先生すごくずるい」
ああ、やっぱり。
カカシは苦く笑う。歳のせいで臆病になるのを、どっちかといえば受身でいた生き方をずるいと指摘されてしまった。
言葉にされると突き刺さるものだなあと、頬を掻く。
「これ、先生がやったのね。私ちょっと安心した。先生じゃなかったら嫌だなって思ってたし、先生で良かったって思ってる」
すっかり酔っ払って、無防備なサクラに抱きつかれて素直な好意を耳元に囁かれ、触れずになんかいられなかった。
思い起こすだけで湧き上がる思いが胸を圧迫する。言葉にすれば楽に、なるだろうか。
「好きだよ、サクラ」
サクラが両手でカカシの腕を包む。
「もっと言って」
「師としてってだけじゃなく、君を好きだ。おれと生きて」
「……うれしい」
捕まえているカカシの手にキスをしてサクラが笑う。
「せんせい」
「なあに?」
「そっちに行っていい?」
テーブルが邪魔とばかりにサクラが言う。
「うん、おいで」
掴んでいた手を放し、立ち上がったサクラはカカシの胸に飛び込むように首に腕を回して掻きついた。
「先生。私も先生が好きです」
抱きとめて、背に腕を回して抱きしめる。サクラはやわらかく、あたたかだった。
うなじから指を這わせて髪を梳く。子供扱いとサクラは怒るだろうか。
でも、子供にこんなことはしないでしょ? と、カカシはサクラを引き寄せて深くキスをした。
「君が望むなら、何度でも好きだっていうよ?」
おしまい 次ページあとがき