夢
□明日、
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明日、
あなたがいないかもしれないなんて、
些細なこと。
里に帰還し、明日の予定を話し、七班を解散させ報告書を提出しに行くと
「お前の嫁がさっき出てったぞ。惜しかったな」
とカカシは肩を叩かれた。
「誰が嫁だって?」
凄んで見せても相手はまったく怯まない。逆に重ねてからかわれただけだった。
「お前ら何、長いこと喧嘩してんの?」
会えないんだ、仕方がないだろう、とカカシは思ったが口にしなかった。
避けられているかの如く、彼女と里で顔を合わせることが無くなった。
それは自分が上忍師になった為に待機所に詰めることも少なくなり、比較的生活も規則正しくなって現役暗部の彼女とはまるで時間が合わなくなった。
些細な喧嘩をしてしばらく、恋人という関係が自然消滅しそうな程会ってはいないが、他人に嫁だのと言われるくらいには長い付き合いがそうさせはしないだろう。
と思う甘えはきっと事態を好転させはしないので、いい加減会った方がいい。会って話しがしたい。しかし、予定が合わない。
休暇を申請しようにも相手の都合が分からない。
本当に会いたいのならいくらでも、手段はあったはずだ。
長く会わなかったせいで距離感が分からなくなり、伝えたい言葉も言えなくなってしまった。
遠慮なんて相手を気遣う行為じゃない、とカカシは思う。その遠慮と喧嘩をして離れたときの意地が今の距離を生んでしまったのだから。
アパートに戻る。
小さな一間に生活の全てを詰め込んで十数年。
やや物が増えて手狭だが、寝に戻ってくるようなものだから不自由はなかった。
ベッドに転がり、愛読書を手に取るが目が滑って仕方がない。あの人はどうしているだろうと考えるときカカシには二の腕の暗部の証に触れる癖がいつの間にか出来ていた。
『お前の嫁がさっき出てったぞ。惜しかったな』
ふと、その言葉を思い出してカカシは眠たげな目を開いた。
暗部である彼女が何故受付で任務を受けたのだろうか? 何かあって応援に呼ばれたのだろうか。
精鋭の彼女なら心配はいらないだろうがこの世に絶対など存在しない。
カカシは解いたばかりの装備を身に着け身支度を整えると窓から火影邸を目指して飛び出した。
建物の上を渡って最短距離で火影の執務室に滑り込んだカカシに三代目は静かに言った。
「何を焦っておるのか知らんが扉から入れ。どうにも窓と扉の区別のつかない者が多くて困る」
諌める、というより冗談めかした言葉には慈愛が混ざっている。
ぐるりと回って広い机の正面に向かい合ったカカシに三代目はどうした? と問いかけ、
「お前の嫁のことか」
と言って顎を撫でた。
「嫁じゃないですよ」
「その気は無いのか?」
「そうなったら最初に報告にあがります。……どうして彼女のことだと思われたんですか?」
「昼間しきりにお前の今日の任務の終了時間を気にしていたからな。自分の任務が夕方からだから、受付所で会えないものかと思ったのだろうな」
「それなんですが、彼女が通常任務につくのは珍しいですね。それとも応援ですか?」
「心配するようなことは何もない。明日には戻るだろう。……他に心配すべきことがあるのではないか、カカシ」
そう。彼女が何か自分に用事があるのだとはっきりした今、一体どんな用事なのだろう。
「愛想尽きた、などと言われんようにな」
「そうだったら今更どうにもならないじゃないですか」
言葉にされると余計に不安になってくる。次に会って別れ話でも切り出されたらどうしたらいい?
今から心の準備をしておくべきか。何か起死回生の一手を模索するべきか。
何にしても今夜は眠れそうにもない。
「俺で遊ばないでくださいよ、三代目」
はははっと、陽気にそれは楽しげに笑う三代目を前にカカシはがっくり、肩を落とした。
おしまい
「おはよう、カカシ」
声が聞こえてはじめて完璧に目が覚めた。
扉が開く音も窓が開く音も聞いてはいない。
「読みながら寝ちゃったの?」
そう言って本を閉じ、棚に戻す音がする。
室内には眩しいほど朝の光が入り込み、緩やかに風が流れ込んでくる。
「おはよう。俺、待ってたんだ」
子供みたいなことを言っている、という自覚があったが寝不足と寝起きと彼女がいる安心感で頭が良く回っていない。
「そう。私もね、会いたかったの」
珍しく、暗部の装束ではなくベストと忍服を身に着けている彼女がベッドに転がっている俺の髪を梳き、左目の傷をやさしく撫でた。
「三代目がお休みをくれるって言ってたの。だからもうちょっと寝ていても平気」
そう言って彼女が屈んで俺の額にキスをした。
どうか夢ではないように。
そう思って俺は彼女の手をとって胸に抱き、目を閉じる。
目が覚めたとき、ここに彼女が居ますように。
どうか。
おしまいおしまい。