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□誓って、
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 空の端が東雲色に染まって滲んでいる。

じわりじわりと日の光が夜の闇を溶かして空に伸びていき、夜明けを待つ里の上忍待機所もぐっと明るくなった。

壁際にじっと佇むサクラの姿は昨日の夜と違って凪いでいる。

グローブを嵌めた右手がまた肩までの長さに切り揃えた髪を掻きあげると、酷く憂鬱そうに溜息を零した。

甘いオレンジの陽光のなかでも冷たく青ざめた頬からは緊張が見て取れて胸を刺す。

「サクラ」

名前を呼ぶと返事はなく、青磁の目だけがこちらを向いてぎゅっと苦しそうに眉が寄せられる。

「おいで。サクラ」

壁を離れ、たった数歩。近くに腰掛ける俺の前にやってくる足取りはいつもと変わらないが、芽ぐむような覇気がない。

そっと持ち上げて両手で包んだサクラの指先は冷たく凍えていて余程堪えているのだな、と気休めにチャクラを流してやる。

ゆっくり熱を取り戻す指先から顔をあげると、サクラが何かを問いたそうに俺の言葉を待っている。

「ねぇ、サクラ」




 穏やかな午後だった。下忍を里外へ放った担当上忍は全員待機所に詰めて時が過ぎるのを待っていた。

行って帰って四日ほど、子供たちだけで過ごすそれ程難しくない課題だったがサクラの下忍たちの行く先は国境が近い。

然程厳しい状況ではない今心配はいらないだろうが万が一はいつでも起こり得るもので、それが起こってしまった。

サクラ班の子供たちの行方が追えなくなったのだ。
緊急招集がかかり、直ぐに議論する場が設けられたがサクラは命令が下るまで待機を申し付けられた。

最も冷静に対処することが困難であると判断された為、会議への参加も認められない。

それまで優雅に分厚く難解な書物を広げていたサクラは勢いよく本を閉じると席を立った。

溢れ出す闘気に空気が張り詰め、ふうわりとサクラの髪を揺らした。全身を巡る血を確かめるように強く拳を握り締めては緩めてグローブを馴染ませながら廊下を歩いて行く姿に誰も声をかけることが出来ないでいた。

昂ぶった心から頬は淡く色付き、遠くの標的を射るような目が苛烈に煌めいている。

何処へ行くのか、という問いにお手洗いと嘯く目がちっとも笑っていない。

 サクラが外へ外踏み出すと暮れ始めた空に帰路を急ぐ鳥の群れがだんだんと小さくなっていくのがみえる。

更に表情を引き締め大門までの最短距離を目算し、走り出した勢いに乗せて民家の壁を蹴って屋根にあがる。

屋根瓦が小気味良く鳴って拍子を刻む。無駄のない動きで屋根から屋根へと飛び移ると瞬時に大門が視界に入った。

最小限の警備体制であることを確認した目が好機だと笑い、出し抜く手立てを数通り組み上げて大門へ更に近づこうと踏み込んだ瞬間、

「はい。そこまで」

 あと少しで里の外、と僅かに気が緩んだ刹那。

聞きなれた静止の声に不味いと思っても間に合わず背後から伸びてきた腕がサクラのわきの下を通ってぐっと後ろへ引っ張られ瓦の上をずるりと足が滑った。

(まだ肩と肘がつかえる!)

己の肩で相手を打ちつけようと身を捻るがぴたりと密着されて首の後ろで手を組まれてしまうと肘も使うことができなくなる。

足を蹴り出せば払われ、伸び上がろうにも地面を蹴ることが出来ない。ばたばたと無駄な抵抗を続けたサクラはすっかり息を荒げてぱたりと抵抗を諦めた。はじめから逃げられると思って抵抗したけでもない。

 一息ついたところで首の後ろで組まれた手が解け、今度は腰から腹部へ回って来た両の腕が柔らかくサクラを抱いた。

「もうおしまい?」

「おしまいです。疲れました」

「気が晴れた?」

「落ち着きました」

「それはよかった」

背後からサクラの顔を覗き込んでくる己の師であった男はいつもと変わらない様子で目を細めて笑った。

「先生会議には出てくれないんですか?」

「俺はこうやっておまえを止めるのがおしごと」

「よくわかりました」

里に先手を打つ気がないことが。と、多少穏やかになったサクラがまた剣呑な雰囲気を醸し出した。

「戻るよ、サクラ」

命令するわけではない。むしろ、勝手に散歩に出て行った子供を連れ帰るような穏やかさでカカシは言った。

「……はい」

肩を落とし小さく息を吐き出すサクラの髪をカカシの大きな手が撫ぜる。

「先生って――」

言いかけてサクラは止めた。怒らないわけでも叱らないひとでもない。どちらかというと不器用に諭そうとするひとかしら? とサクラは思った。

「なあにサクラ?」

「いいえ何でも。私先生がどうしようもなく間違わない限り『はい』って言いたいんです」

「どうしたの?」

「どうしたらいいのか分かりません」

カカシを振り切って出て行くことなど今のサクラには簡単なことだ。けれど里の決まりごとを破ってまで為すようなことであるのか?

一刻を争う事態であるのかそうでないのか。ああ確かに私は冷静ではない、とサクラは大きく頭を振った。

 肩の力を抜き、カカシに寄りかかる。

「私は里の上忍で医忍であの子たちの先生でただのサクラで、強くなってもっと賢くなったらずっと楽になるのかと思ってたけど、ちっとも楽になりません」

「背負うものが多くなった?」

「そうです。私が今子供だったら飛び出して行けたのかなって思うんです。だけど私が上忍じゃなっかたらこんなに大切に思うものを得ることはなかったんですよ。私は、私の負っているもの全部大事です。だから、行きたいけど行けなくて、でも行きたい!」

子供達は何の危険もなく、こちらへ向かっている途中かもしれない。でも、本当に危険な事態になっていたらと思うと気が気じゃない。

「とにかく、腕があるからといって冷静じゃない者を送るわけにはいかないんだよ、サクラ。どんな間違いも起こすわけにはいかない」

「はい」

さっきよりずっと素直な返事を返してサクラが寄りかかっていた背を放し一人で立つ。

カカシは己の腕からサクラを開放して行くよ、と待機所へ向かって屋根を渡り始める。一瞬遅れてサクラもそれにならった。

例えようのない漠然とした安心感に涙が出そうになったことが悔しくて拳を握り、唇を噛む。

広い背中を睨みつけていると思い出したようにカカシが笑ってちらりとサクラを振り返った。

「何ですか?」

「どちらかというと止める役はサクラだったかな、と思ったけどそうでもなかったなって思っただけだよ」

あの頃は何をするにも必死で、未熟でと考えてサクラは首を捻った。

「やだ、先生。私……成長してない気がしてきました」




「怒らないで聞いてくれる?」

ゆらりとチャクラが怒りに燃えた気がした。

「言ったそばから怒らないでよ」

俺の苦笑にサクラは息を吐いて「何ですか?」と仏頂面で答えた。

「渡されていた発信機と無線機、修理予定のもので調子悪かったみたい」

「先生、本体じゃないんですか?」

「本体俺だよ。影分身が話しを聞いてるからぶたないで」

サクラが胸の前で左の手のひらに右の拳をぱちん、と当てながら聞くので俺は言葉で逃げてみる。

「殴りません。まさか影分身だって見破れないほど私が冷静じゃないのかと思っただけです」

卑屈なのはよくない傾向だ。怒っている方がまだ良い。

溜息をひとつ、サクラは視線を動かさない。ああ来るな、と俺が思う瞬く間、本当はそれより速く、俺の手の中にサクラの手がない。

「何処へ行くの?」

開けようとサクラが手をかけた引き戸に手をついて止める。

「お手洗い」

「そんなわけないでしょう」

「本当だったらどうするんですか?」

「止めない」

「ですよねー」

沈黙が降りて力と力の攻防が戸口で繰り広げられている。壊さない力加減で一方は開けようとし、一方は閉じようと体重をかける。

「昼間もこうやって遊んでくれましたよね」

「んー?」

「私、やっぱり行きます。どいてください」

「なんでこう俺の弟子ってみんなせっかちなの?」

「先生がのんびりしすぎているから」

「えー、俺のせいなの?」

「待つのに飽きたんです」

「そこは待ちなさい、おまえら忍なんだから」

ふっと、引き戸を開けようとしていた力が弱まると、サクラが俺を振り返ってみた。

「先生は私に忍でいて欲しいですか?」

「サクラが忍でいたいのなら」

じとっと睨まれて俺は職場のど真ん中で愛を囁くことになった。

「……ずっと木ノ葉の忍で俺の隣にいて」

「よくできました。空気もっと読んで下さい。私は行きます」

「だーかーら、待てって言ってんでしょ? こっちからがんばって連絡取れないか試してるからそれが無理だって分かってからにしてよ、せめて」
「行ってもいいの?」

「行ってちゃんと帰ってきて俺と並んで綱手様に怒られて始末書書いてくれるなら。ここへ、戻っておいで」

華奢なからだを抱きしめて閉じ込める。細くて薄い肩に顎を乗せて頬を寄せた。

「当たり前です。私は木ノ葉の忍ですから」

ああ、やっと笑ったなあ、と身を離すと、影分身の得ている情報が入ってくる。

「連絡ついたよ、サクラ。無事みたい」

目の前の引き戸が勢いよく開き、次の瞬間にはもうその姿はない。

俺の影の気配を的確に捉えて駆ける足は速く俺は溜息をついて待機所を後にした。




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