CP
□頭の痛いやきもち
1ページ/1ページ
やばい、遅刻!
何故か鳴らなかった目覚まし時計を見てサクラは飛び起きた。
急いで着替え、髪を梳き自室の冷蔵庫から豆乳のパックを掴んでストローを刺し中身を吸い上げながら部屋を出るとベランダに布団を干したカカシがプランターに水を撒いているところだった。
「おはよう、サクラ。よく眠れた?」
ちゅーっとストローをくわえたままサクラは大きく目を開いてカカシをみた。
脱衣所の洗濯機の回る音、トースターでパンの焼ける匂い、途端にそういう生活の音が溢れだし、唖然として飲み終えたパックをテーブルに放るとやっと思い出した本日の予定を口にする。
「私、非番だったわ……」
「ま、そういうこともあるよね。のんびりしようよ。サクラ」
「うん。おはよう、カカシ先生」
どこか満足げにカカシは笑い、ベランダからサクラの元へ歩いて来る。
「サクラも布団干す?」
「うん。干したい。とってもいい天気ね」
「じゃ、朝ご飯の用意頼むよ。俺布団干してくるから」
「わかった」
用意、と言っても食卓に並べ、パンが焼けるのを待つだけの状態で特にすることはない。
コーヒーを淹れて布団を干すカカシの姿を眺めてサクラは物思いに耽る。
任務のときとも、弟子である自分たちと接するときとも違う、隙があるというわけでもない。
素顔もやさしさも全部、自分のものであるようだと錯覚しそうで怖い。
チーン、と。
高い音でパンが焼けたことを知らせるトースター。
皿に乗せて戻ると、カカシが食卓についていた。
「いただきます」
向かい合い挨拶。昨夜の残りのおかずを口に放りサクラはカカシに尋ねる。
「なんで昨日のうちに言ってくれなかったの?」
「サクラが非番だって忘れてるって?」
「そうよ。すごく早く寝ちゃって何か勿体無い」
「そのわりに、なかなか起きてこなかったじゃない。疲れてるんだよ」
「……うん」
本当は一緒に寝たかったなあ、とかもっと話しをしたかったなあ、と思うのだけどサクラは曖昧にして黙った。
ときどき独りになりたがるのはいつもサクラの方でカカシはそんな様子をみせない。
家を出て独り暮らしになったのは数年で誰かと過ごすことに慣れていないわけじゃないのに酷くストレスを感じることがあった。
サクラよりよほど一人の時間が長いはずのカカシなのに、そういうサクラのギスギスした気分まで汲み取って動いてくれている。
(疲れないのかしら。それとも)
慣れているのだろうか?
香ばしく焼きあがったパンを齧ってサクラは考えた。
カカシの過去をサクラは知らない。個人的なことにはまるで詳しくはなかった。
(こうやって他の誰かと暮らしたことだってあるんだろう)
朝から気分の悪くなる想像に眉を顰めながらサクラはコーヒーを啜った。
「砂糖とミルクは?」
「いいの。眠気覚ましだから」
自分の嫉妬心に頭痛を感じて溜息を吐く。せっかくの休日の朝だというのにつまらないことばかりだ。
「サクラ、これからどうしよっか?」
「んー、どうしよう、先生」
困り顔で見上げてくるサクラにカカシが思わず、と言った態で噴出す。
「何よ?」
「だって昔みたいな顔するから」
「昔って、下忍のころ?」
「そう。小さくて生意気なサスケばっかり追いかけてたサクラのこと思い出した」
「私のこと、嫌いだったでしょう?」
「なんでそうなるのよ。俺はおまえらに忍の現実を教えるのが仕事だったの。腹の立つ言うこと聞かないガキが丁度いい。サクラは俺にとって何の柵もない純粋な弟子だったのにね」
写輪眼を持つわけでなく、敬愛する師の忘れ形見でもない。
「こんなに大好きでどうしたらいいのか分からなくなるなんて、思ってもみなかった」
カカシの長い腕が伸び、節の目立つ硬い細かな傷跡だらけの指先がサクラの口元についたパンくずを払う。
「言いたいこととか、俺に聞きたいことがあったら言って? せっかく一緒に居るんだから」
「うん。……じゃあ、先生。何処か行きたいところある?」
「そうだねえ。本屋かな」
「私も行きたい。あと、頼んでいた薬草を取りに行きたいの」
大きくパンに齧りついて、噛み砕き、サクラはコーヒーを呷る。
「ねえ、先生。サスケくんしか目に入っていなかった私を思い出すのは嫌?」
「そうでもないかな」
「なんで?」
私はそういうこと考えると辛くて仕方ないのに、と書かれたサクラの顔をみてカカシは笑う。
「何度も言わせたいの、サクラ? サクラを好きだって自覚するからだよ。こんなふうに気持ちを傾けたひとなんて他にいない」
嘘でも本当でも構わない、どのみち私は不安になるだろう、そう思ってサクラは淡く微笑んだ。
「私って欲が深いんだわ。先生を食べてしまえたらいいのに」
「そうしたら、俺はサクラのものだね」
「もしそうなったら私きっと寂しくなる。だからこうやってずっと一緒に居たいの」
今だけだとしたって。
声に出さず、心で呟いてサクラは空のカップを持って席を立つ。
先生のように不安ごと、好きという気持ちになれたらどんなにいいだろう、と思いながら。
おしまい