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□幸福な人生
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 鍛え上げられた忍の感覚、ではなく肌に染み込み、幼い頃からの習慣と条件反射で、いのは「いらっしゃいませ」と声をかけた。

そのあいさつは決して間違ってはいなかったし、ごく当たり前のものであったが、本日の客は些か珍しいひとだった。

よく顔を合わせる相手ではあったし、彼岸には花を買っていくひとだ。

だから何が珍しかったのか、というとこんな年が暮れようとしている師走のさなか、その師である男が所在なさげに店先に立ち、困り顔でこちらをみていたからだった。

「先生、プレゼント? 誰にかなんて言わなくたって良いわよ、ばっちり承知してるから」

色恋沙汰になるとどうしても相手をからかいたくなってしまう。

花屋には女性に花を贈ろうとやってくる客も多く、つい冷やかしたり、誰にあげるものであるのか追求したくなってしまう。

自ら喋って相談に乗って欲しいと頼むひとも中にはいたし、好奇心旺盛で、世話焼きないのは、その手の噂話にはひとより詳しい。

「いの、からかうのはよしてちょうだいよ。俺、お客よ?」

カラカラとさっぱり嫌味なくいのは笑ってごめんなさい、先生、と詫びた。

口にしなかったが、いのは、カカシを見ると亡くした師を思い出すことが多い。

師と同年代で肩を並べる実力者だったのはこのカカシくらいだ。

それにカカシと師は仲が良かった、友人だった。

無謀といえた弔い合戦を率いてくれたのもカカシ。

いの達の気持ちを汲んでくれたのも確かだが、きっと彼も師のために闘いたかったのではないかと今では思う。

「いのが言うように贈りたいんだけど、季節の花だと何が良いと思う?」

「んー、鉢植えはどう? ベランダで薬草栽培しているから一鉢増えても問題ないんじゃない? これ、クリスマスローズっていうんだけど育てるの難しくないしね」

いのはいくつか並ぶ鉢を抱えてカカシに見せた。いつになく、鉢を見下ろす目が真剣だ。

というか里にいて、日常生活を送るカカシは任務についている時とはかなり違う。

猫背で、どこかぼーっとしていて、下忍のいたずらにさえ引っかかってしまうくらい隙をみせたりもする。

自分がこの、端正な顔立ちの優秀な男に心動かされなかったのはそんな側面を知っているからだと思ったがそうでもない気が最近、してきている。

「ねえ、いの?」

「はい」

「サクラって可愛いよね?」

「はあ?」

「いや、そういうんじゃなくって。サクラが格好良いって後輩の子とか、治療してもらった奴が言うんだけど」

「あー、そういうことね」

医忍として活躍し、その怪力を持って敵を叩き伏せる美しくも凛々しいその姿は確かに格好良いといえる。

「あの子がちっちゃいとき苛められてたのって、可愛かったからなのよ。すぐ泣くせいもあったけど、好きな子苛める年頃みたいなのってあるでしょ」

「あー、うん。……分かるよ」

「先生はそんなことしなさそうだねー。興味ないって顔してそう」

「そうでもない。サクラが困る顔も慌てる様子も好きだよ」

「あー、はいはい。べったべたに惚れてるわね、先生。サクラが可愛くって仕方ないのね。先生がそう思うから、サクラが可愛くみえるのよ。それにサクラも先生の前では普段より可愛いのよ。サクラ、先生のこと好きなんだもの」

ああ、だからかもしれない、いのは自分の言葉に納得した。

(だから私は先生に何の興味も持たなかったんだ)

サクラと関係が悪かったのはほんの僅かの間で、それはサスケがいなくなる前に解消、憎まれ口を叩くのは一種のコミュニケーションになった。

私は同じひとを好きでもサクラが可愛かったし、お姉さんの気分でいたのだ。

小さかったサクラは内気で泣き虫で不器用で。

私より半年遅い生まれなのだから、仕方ないのにサクラは妥協を知らなかった。

あの子は生真面目で、努力を怠らない。

少しずつ、出来なかったことを出来ることにして、成長していくのは今も変わらず、医忍の中ではトップクラスの腕前だ。


 あげたリボンを返されたとき、正直私はよく泣かなかったものだ、と思う。

あのライバル宣言は曖昧を嫌うサクラの心根がよく現れているもので、私への依存を断ち切り、好きな男の隣に立つのがどちらか一方でしかないのなら己がその場所を得る、という強い決意、自己の意識をはっきり示したものだった。

私はサクラを見下していたわけでもないし、おまけだとも思っていなかった。

私はサクラがいたからより強くあれた。依存していたのはこちらも同じ。

たぶん私たちが本当に友達になれたのは、ここ数年のことなんだろう。


 他人から聞く「サクラは先生が好き」という言葉にうっかり表情を崩す腕利きの忍に、いのは口元に手をやってくすりと笑い、サクラのことになると先生も可愛いのよ。という言葉を飲み込んで花束に話しと思考を戻す。

「少し季節には早いんだけど、アネモネなんてどう? 鮮やかで可愛らしいと思うわ」

花心に白い輪が浮かぶ色とりどりの花を指す。部屋に飾れば雰囲気が変わってぐっと明るくなるだろう。

「そうだねぇ……やっぱり時期が時期だからクリスマスローズにするよ」

「ありがとうございます。少し待っていてください、包みますから」

ちょっとうれしいな、といのは思う。

カカシが買っていく花はいつも死した英雄たちに捧げられるものばかりで、店から見送るとき寂しさや悲しみが胸を突く。

けれど今日はカカシが去っていく後姿に笑顔で手が振れそうだった。

「ねえ、先生。私、サクラと先生が恋人になるってずっと前から知ってた気がするの。先生は尊敬してるけどぜんっぜん興味ないのよねぇ。なんでかなって今考えたんだけど、先生はサクラのものって何かで決まってたのかなって」

「運命ってこと?」

「そういうの好きじゃないけど今日くらいは情緒的で甘くたっていいじゃない? はい、どうぞ。全力で走ったり瞬身の術を使ったら駄目ですからね」

「ありがとう。気をつけるよ」

カカシが穏やかに笑い、いのも自然と微笑む。

今日も明日もこんな風に続くように。強く、やさしくなりたいと思いながらいのはカカシを見送った。




おしまい

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