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□秋の雨
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先生が雨の匂いをさせて帰って来た。
開いた玄関から冷たい風が入ってきて、強く降る雨の音がより大きく聞こえてきた。
私はバスタオルを先生に被せて装備を引っぺがすと、そのままお風呂へ向かわせる。
床に付いた風呂場へと続く足跡をタオルで拭きながら移動して脱衣所の前へ来ると淡いオレンジの光の向こう、頭からシャワーを被る先生の影がみえる。
洗濯籠に入れられた絞れそうに濡れた衣服を洗濯機へ放り込んでスイッチを入れると着替えを取りに戻りそれを持って脱衣所へ。
今度は台所へ行って昨日から仕込んでいたポトフを温めなおしながら、お湯も沸かす。
シャワーの水音と窓を叩く雨音を聞きながら、くつくつ対流するスープを覗き込んで雨の歌を歌う。
やがて着替えてお風呂から出てきた先生はポトフと同じように湯気を立たせて私の側にやってきた。
首からタオルを提げているけれど、髪からしずくが零れ落ちている。
「もう先生。ちゃんと拭いてよ。さっき床拭いたばっかりなのよ?」
「俺の心配じゃないの?」
「先生は風邪引かないもの」
私は手を伸ばしてタオルを掴んで広げて先生の髪を拭く。私の為に屈んだ先生が「ひどいなー、俺だって風邪くらい引くんだけど」とぼやいた。
確かに先生は風邪を引く。けれどこんな雨や濡れた髪くらいで風邪なんか引くひとじゃない。
「ねえ、サクラ?」
「なあに、先生?」
わずかに顔と視線をあげて先生が私を見る。
「何の歌、歌ってたの?」
「あめふりくまのこっていう童謡。雨の歌だけど曲はやさしくて明るいの。歌詞は可愛いんだけど……ちょっと寂しいかな」
「ふーん……歌ってよ?」
「嫌よ」
「歌ってたじゃない」
「聞いてると思ってなかったし、なんとなく歌ってただけだもの。嫌」
濡れたタオルを手に私は鍋に向き直り、ご飯にするから座って? と先生を追い払った。
心なしかしょぼくれたような先生が席に着くのを見送ってポトフを皿に盛り先生の前へ置いてスプーンも手渡す。
「サクラ手が冷たい」
「末端冷え性なの。足の爪なんかきっと青くなってる」
私は先生の向かいにテーブルを挟んで腰掛け、お茶を淹れたカップを両手で包んだ。
「ごめんね、サクラ」
「ごめんねじゃなくていただきます。冷めちゃう前に食べてよ」
「うん。いただきます」
「召し上がれ」
ポトフを食べる先生をみながら熱いお茶をちょっとずつ啜る。雨足は変わらずに強く、窓ガラスを叩いている。
時刻は、午前二時。
「雨宿りしてくれば良かったのに」
「帰りたかったんだ」
「私は起きて待ったりしないから大丈夫よ」
「起きてたでしょ?」
「雨の音で目が覚めたの。降り始めから酷かったでしょう? 先生大丈夫かなあって思ったら目が冴えちゃった」
本当なら先生の任務は昨日の夜には帰還予定のものだった。上忍の難しい仕事が多少長引いたりするのは常で、私自身にもそういう経験は多々ある。
ポトフを食べ終えた風呂上りの先生の大きな手のひらがカップを包む私の手を覆う。とてもあたたかい。
「わー。本当に冷たいね」
「足も冷たいわよ、ほら」
足を伸ばして、素足でいる先生の足の上に自分の足を乗せる。
「うん。冷たい、鳥肌立った」
肩を竦めて先生が言う。
「ねえ、サクラ?」
「なあに、先生?」
私は先生の色違いの目をじっとみた。
「抱っこして寝させて?」
「はあ?」
ハグを要求するみたいに手を広げた先生に私は呆れた返事をする。突然何なのか、意味が分からない。
「今、サクラのおかげで俺あったかいから一緒に寝たら寒くないよ?」
「私明日任務があるの」
私と先生の寝室は別だ。お互い任務の都合があるから最初からそうしたのだ。
「何にもしないよ」
「朝早いのよ、起こしちゃうわ」
「夜まで何にもないから平気」
「……うん。分かった」
断る理由は何も無い。断る口実を探すことも本当はしないで良かったけれど未だに消えない照れがそうさせる。
それに冷たいベッドに戻っても寒くて眠れやしないだろう。任務の為にもその方が良い、と私は私に言い訳をした。
眠る仕度を整えて、先生の寝室に入る。
ベッドの奥に詰めた先生が、「おいで」と私の為の空間をぽんぽん叩いた。
頷いてベッドに転がった私に布団をかけると電気を消してすかさず先生が私を抱きしめた。
「おやすみ、サクラ」
「おやすみなさい、先生」
だんだんと体温が移ってくるにしたがって体の緊張も解け、私は先生に身を委ねる。
じんわりと広がっていく心地よい温かさが私を眠りへと誘う。もう、雨の音は聞こえない。
ねえ、先生。
私、ずっとこうしていられたらいいのにって思うのよ?
おしまい