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□恋心
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軽く広げた右の手のひらで、サクラは軽く己の頬を撫でる。
顎まで伝った指先は左肩に落ち、そのまま二の腕から手の甲へと滑り降りる。
手を入れ替えて左の手のひらが、するすると右手の甲から肩までをゆったり撫で上げていき、深く深くため息を吐き出して、ゆっくりと目を閉じた。
じっとそんな様子を斜向かいから眺めていた俺は低く緩やかに彼女の名を呼んだ。
「サクラ、大丈夫?」
居酒屋の喧騒の中でも低い音はサクラの耳に届いたようで視線だけ動かしてだるそうにこちらをみた。
「酔ってます」
「見て分かったから聞いたんだけどね」
「大丈夫ですけど、眠くて」
頬だけなく、首まで赤く染めたサクラの手のひらが再び腕を緩慢に伝い始める。
それは最近知ったサクラの癖で、何故最近知ったのかと言えば一緒に飲めるようになったのが今年の春からだからだ。
「お前これ飲んで休んだら帰りなさい。送っていくから」
頼んだお冷をサクラの前に押しやると、不満そうに眉を寄せてからグラスを手にして中身を煽る。からり、と氷が音を立てた。
「師匠はなんであんなに飲めるのかしら」
「体質の問題でしょ。量はいけるけど綱手様はすぐ酔うよ」
「うん。先生は酔わないのね」
「今日はそんなに飲んでないから」
「ああ。そうね。ガイ先生と勝負して負けたって聞いたわ」
「誰によ?」
「んー? んー」
考えるように首を傾けて、それから一人何にとも無く相槌を打つ。
「お前面倒くさくなってるでしょ」
「だって眠いんだもの」
くすくす、と肩を震わせて声を立てたサクラの指が再度腕に伸ばされるのをみてすかさず水を勧める。
何の疑いもなく水に口をつけている姿をみて、俺は安堵の吐息を吐き、数ヶ月前の春先を思い出す。