連載『crystal days』全40話(2010/2/9完結)

□第5話 「その上、甘えたか。ホンマ手ぇかかるなぁ」
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『crystal days 5』

「へー、あきらまだ大阪に来て何処にも行ってへんねや。したら今度何処か連れてったるよ」
「えぇー、本当?」
「ホンマホンマ。何処がええのん?」
「んとねー…」
「ちょお森!何しれーっとあきらのことデートに誘ってんねん!」
「はぁ?デートちゃうし!な、何言ってんねん自分!」
「そうだよ。そんなわけないじゃん。ねっ?」
「お、…おん」

森くん、大島くん、さっちゃんとくいだおれビルに入る。
くいだおれビルって言うのは食堂のことなんだけど、食堂って聞いて想像するような感じじゃないの。
メニューがとにかくすごくて、くいだおれ丼とか、まるごとタコヤキとか…。
すごいボリュームと、何て言うんだろう、とにかくいろんなものが乗ってたりする。
私はとりあえず、普通そうなランチセットをAから順に食べて行ってるところ。
あ、くいだおれ丼に行くまでには、キッチンがある部屋に移れることになってるから心配はないよ。
キッチンがある部屋に移ったらお弁当作って持って行くんだ。

「あ、あのね…何処かに赤い観覧車、あるよね?」
「あぁ、ヘップな」
「あれに乗りたいな」
「え、あんなんでええの?」
「″あんな″なの?」
「何かもっとあるんちゃう、大阪城とか通天閣とかこれぞ大阪!っちゅーとこ」
「…食いだおれ人形の前で写真撮ったことならあるよ」
「あ、あきら大阪来たことあるんや」
「うん。何度も来てるよ。観光はあんまりしてないけど」
「へぇ、そうなんや」

今日はDランチの日。
ピ、って食券を買ってカウンターに並ぶ。
うん、4日目にして食券にも慣れた☆
氷帝は席ごとにメニューが置いてあって給仕さんにそれを言い付ければ良かったから、
てっきりそれが普通なんだと思ってた。けど、そうじゃないんだね。
私って本当に常識知らずだったんだ…!

「あ、あきら!」
「ゆうちゃん!ゆうちゃんも今日はお弁当じゃないんだ?」
「せやで。オカンが寝坊してん。ほなまたなー!」

「あきら!」
「東くん」
「あきら何にしたん?」
「今日はDランチだよー。順に食べてってるの。東くんは?」
「俺は弁当。高本が弁当持って来てへんねん」
「そうなんだ。高本くんってどの人?」

四天宝寺に通い出してまだ5日目。
だけど、大阪の人って本当に温かいの!
こうやってみんな声をかけてくれる。
お陰で他のクラスにも友達ができたし、毎日が楽しい。

さっちゃんたちは既に席に座っていて、私はさっちゃんの隣、森くんの向かいに座る。

「あきら、人気者やな」
「えーそんなことないよ」
「だって、東って5組やろ。クラスちゃうやん」
「そうなんだけどね。…こないだ校内で迷子になった時に助けて貰ったんだよ」
「何やねん迷子て!」
「もぅ、絶対笑うから言いたくなかったのに…!」
「笑わずにおられるかいな。迷子て…!!」
「〜〜〜!!」

こうやって森くん、大島くん、さっちゃんと一緒にご飯を食べるのが当たり前になってる。
転校して来たばかりの私に校舎内を案内してくれたり、分からない大阪弁を教えてくれたりするさっちゃんと、
さっちゃんの彼氏さんの大島くん、大島くんと1年の時から仲良しの森くん。
3人ともすっごく優しくて、私の、初めての大阪の友達。

4人で話しながらふと顔を上げると、トレイを持って歩いている白石くんと目が合った。
にこ、って笑ってくれる白石くんにつられて私も笑う。
白石くんもここでご飯食べてるんだよね。
白石くんは知らないと思うけど、私はそのことを転校2日目から知っていた。
初めて午後まで学校があった日、今日と同じようにここで4人でご飯を食べに来たら白石くんを見かけたの。
あ、あのきれいなテニスする人だ、って。
何となく目で追っていたらゆうちゃんに声をかけられたんだった。

『白石くんやで、2組の。自分転校生なん?』
『は、はい。東京の、氷帝学園から転校してきた本村あきらです』
『あきら、な。うちは″ゆうちゃん″でええよ。白石くんと同じ2組やから、気になるんやったら呼んだるけど?』
『えっ、いいのいいの、きれいな人だなぁと思って見てただけだから…』
『ええの?普通ガッツクとこちゃうん』
『いいのいいの…』
『ふーん。ま、ええけど。白石くんめちゃめちゃモテるから、頑張りや』

なんて言ってたっけ。
その時は、へー、やっぱりモテるんだなぁなんて思ってたんだけど、まさかその人と付き合うことになるなんて。
人生って、分からないなぁ。

*

放課後。
白石くんのお姉さんの傘を手に校門を出る。
雨も風邪も弱くて、これなら大事な傘壊さなくて済みそう…!

トントン、とドアをノックすると部屋の中から微かに声がした。

「ママ、ただいま」
「あきら。ふふ、ここは家じゃないのよ」
「だってママが居るんだもん。ホテルよりはずっと家みたいだよ」
「そうね、ホテルに一人ぼっちなんて淋しいでしょう。家はあんなに沢山人が居たから」
「うん。淋しい、ちょっとね。でもね、学校では友達いっぱいできたよ」
「そう。あなたは何処に行っても可愛がって貰えて、それだけは安心ね」
「それにね、ママ聞いて。私、彼氏さんが出来たんだよ」
「あら…彼氏、さん?」
「そう。昨日の帰りにね、私傘持ってなくて帰れないところだったんだけどその人が傘に入れてくれたの」
「あきら、その人って…」
「同じ学校の人だよ。白石くんって言うの」
「そう…でもあきら、あなた、景吾くんが…」
「うん。分かってるよ。ちゃんと分かってる。こっちに居る間だけだから」
「あきら…」
「白石くんね、すっごくカッコいいんだよ。でね、勉強も出来て、テニス部の部長さんで、すっごくモテるの」
「あきら、すごいじゃない」
「すごいでしょ?ママにもいつか会わせてあげたいなぁ」

こっちに居る間、それはママが生きていてくれる間。
お医者さんには僅かだと言われた、その間。
私が永遠ならいいと願う、その間。
でも、永遠の終わりがそう遠くないのは目に見えていた。

「そうそれでね、白石くんが今朝ホテルまで迎えに来てくれたの。
 私が傘持ってないからお姉さんの傘借りて来てくれたんだよ。だから今日初めて傘差したの。
 傘ってやっぱり難しいね。風に煽られると怖くて、何度も白石くんに励まされちゃった」
「そう。優しい子なのね、白石くん」
「うん。すっごく優しいよ。…今日もこの後会うんだよ」
「あら、そうなの?だったらそろそろ…」
「大丈夫。白石くん部活があるから。面会時間終わって学校に戻ったら丁度くらい」
「そうなの。テニス部の部長さん、ね」
「そうなの。テニス部の部長さん。けーくんと一緒だね」

けーくんも今頃部活かな。
おっしーは昨日電話で話したけど、ジローやがっくんや亮や…みんな、元気かなぁ。

「それじゃぁ、また来るね」
「うん。ありがとう。白石くんによろしくね」

ママの病室を出る時は、胸が締め付けられるような思いがする。
ドアを閉じる瞬間のママは小さくて、弱くて、笑ってるけど、儚い。
ママに会えるのはいつまでだろう。
今日ここで帰ったらもしかしたらもう会えないかも知れない、って思うとすごく怖い。

「あれ…?」

病棟を出るところで、傘立ての中にパステルピンクの傘を探すけど見当たらない。
ない。確かにここに入れたのに…。
どうしよう、白石くんのお姉さんの傘…。

一旦ママの病室まで戻ってみたけどやっぱりない。
誰か間違って持って行っちゃったのかな…。
どうしよう、大事な傘なのに…。

どうしよう、どうしよう…。

取敢えず白石くんに謝らなきゃ。
そう思って携帯の電源を入れると、丁度白石くんから着信。

「…白石くん?」
『良かった、繋がらへんかと思ったわ』
「え?」
『メール、したんやけど返事来おへんから。どないしたんやろ思て』
「あ、ごめん、電源切ってて…今電源入れたとこだからメールも見てないの」
『さよか、はぁ、心配した。別に何もないねんな?』
「うん。…あ、何もなくないの。白石くん、ごめんね…!」
『何、どないしたん?』
「傘、白石くんのお姉さんの傘、失くしちゃったの…」
『傘失くすて。どないしたん』
「傘立てに置いてたら、なくなっちゃった…ごめんね、本当にごめんね…」
『ええって傘くらい。ちょお、泣いてへんよな?』
「え?」

気付いたら、ぽろぽろと涙がこぼれてた。

「え、あ…」
『あぁあぁ、泣かんといて。すぐ迎えに行ったるから』
「う…ごめ…」
『ええって。ほら、何処に居るん?』
「病院…四天宝寺…医療センター」
『ちょ、どないしたん。体調悪いん?』
「ううん。私じゃなくて。…お見舞い」
『さよか。…びびらさんといて。泣いとらんと、ちょお待っとってな。すぐ行くから』
「…うん…」
『あぁ、ええわ。やっぱこのまま話そか。もう校門出たしや、5分くらいで着くやろ』
「…ごめんね…」
『何謝ってんねん。まぁ学校まで迎えに来てくれるよりそこで待っといてくれた方が安心やしな』
「…うん」
『しかしなぁ、傘、ホンマに盗られたん?』
「え?」
『ホンマは風に煽られてめちゃめちゃに壊してもうたんちゃうん?』
「ち、違うよっ。白石くんひどい…!」
『はは、せやかて本村さん傘差すのホンマ下手くそなんやもん。朝かてヒヤヒヤしたわ』
「えー、あんなに優しく励ましてくれてたのに。そんなこと思ってたの?」
「『せやで』」
「傘も差されへんし、すぐオロオロして泣くし、ホンマ頼りないなぁ俺の彼女さんは」
「白石くん!」
「早かったやろ。…3分!」

閉じた携帯の時計を見て誇らしげに笑う白石くんに、私は本当無意識に、抱き付いていた。

「その上、甘えたか。ホンマ手ぇかかるなぁ」

呆れたようにそう言った白石くんの口調はむしろすごく優しくて、
私のごめんねって気持ちと、ありがとうって気持ちと、いろんな不安を
全部受け止めてくれるみたいに、私の身体をぎゅっと抱きしめてくれた。

 up 2009/11/21
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