連載『crystal days』全40話(2010/2/9完結)

□第4話 「ぽい、やなくて付き合ってんねんけど、俺ら」
1ページ/1ページ


『crystal days 4』

翌朝。
昨日からの雨はまだ降り続けていて、私はフロントで傘を借りて行こうと少し早めに部屋を出た。
傘、上手に差せるかなぁ…。
みんな片手で持ってるから重くはなさそうだけど、台風中継で風に煽られて壊れちゃったりしてるもん。
壊さないように気を付けなきゃ…。
不安だけど、ちょっとわくわくしてる。
初めての傘。

ラウンジへ降りていくと、ソファに見覚えのあるすごくきれいな男の子。

「白石くん…」

フロントへは向かわずにソファへ駆け寄ると、白石くんはにこにこと笑って手を振ってくれた。

「おはようさん」
「おはよ…どうしたの?」

ソファから立ち上がった白石くんの手には傘が2本。
ここまで差して来たのか、しっとり濡れた紺色の傘と、白石くんには不似合いなパステルピンクの傘。

「ほな行こか」

白石くんは私の問いかけには答えずにエントランスへ向かった。
聞かなくても分かる。
迎えに来て、くれたんだぁ…。

「昨日まっすぐ帰さんと傘買いに行くべきやったな」

そう言って白石くんはポン、と紺色の傘を開いたけれど、もう一つの傘を差し出してくれる様子はない。

「白石くん、」
「ほれ、早よ入り。濡れんで」

傾けられた紺色の傘。優しく微笑んでくれる白石くん。

「うん。…ありがと」

嬉しくて私が笑うと、白石くんもにっこり笑ってくれた。
付き合うって、楽しい。

「あっそうだ。白石くん、メアド教えて」
「ええよ。ちょお待ち…」

白石くんが傘を持ってくれてる逆の手で制服のポケットから携帯を取り出す。
「俺も昨日帰ってからしもた思てん。今朝まだ雨降っとったから迎えに行ったろ思ても
 本村さんいつも何時くらいに出よるか分からへんし。せやからめっちゃ早よからあそこに座っててんで」
「えっそうなの?わぁ…ごめん…」
「はは。ええよ。俺が勝手に来ただけやねんから」

そう言って笑いかけてくれる白石くんって、すっごく気配り上手なんだと思う。
こうやって、色んな人を笑顔にしてるんだろうなぁ…。

「せやかて、あの時間に出るて結構早よない?」
「うん。ほら、初めての傘だから。早く出た方が良いかなぁって」
「あれ?傘買うたん?」
「ううん。フロントで借りようと思ってた」

そう言って携帯同士を向かい合わせる。
あ、白石くんの携帯、白なんだ。
白石くんらしい。白だけに…なんて口に出したら激しいツッコミを入れられるのかな、やっぱり。

「あー、っちゅーことは、迎えなんて要らへんかったってわけやな」
「えっ、そんなことないよ。ビックリしたけど…すごく嬉しかった。ありがと」
「ん。そう言って貰えると来た甲斐あるわ、はい、送信」
「あっ来た来た。…白石、蔵ノ介」

白石くんって蔵ノ介って言うんだ。くらのすけ。うーん、長くてちょっと呼びにくそう。
なんて考えていると、白石くんも携帯の、多分今受信した私のプロフィールを見ながら

「どないしたん、本村あきらちゃん」

ってちょっといたずらっ子みたいに笑って言った。

「ふふ。…えっちょっと待って、白石くん、今日誕生日なの?」

白石くんのプロフィールを何気なく眺めていたら、誕生日が目に留まった。
誕生日、4月14日。

「せやで。今日がお誕生日や」
「わぁー、そうなんだぁ。おめでとう」
「おおきに。家族以外に言われたん本村さんが初めてや」
「えっ本当?それ嬉しいかも。すごく付き合ってるっぽいね☆」
「ぽい、やなくて付き合ってんねんけど、俺ら」
「そうだけど…」

白石くんはちょっと呆れたように笑ってるけど、でもね、初めてなんだもん。
付き合ってる男の子が居るってこと、その人におめでとうを一番に言えたってこと。
こんなに嬉しいなんて思わなかった。

「あっねぇ、白石くん今日の放課後って部活?」
「せやで。せやからこれ、姉貴から借りて来てんねんやんか」

そう言って白石くんはパステルピンクの傘の先をつい、と持ち上げて見せた。

「せやけどちゃんと使えるか、心配やなぁ本村さん」
「やっぱり…傘差すって難しいの…?」

そうなんだ。やっぱり気を抜くと壊れちゃうんだ。
白石くんのお姉さんの傘壊しちゃったらどうしよう、って真剣に悩んでいたら白石くんがぷっと吹き出した。

「はは、堪忍。イジワル言うてもうたな。そんな難しもんやないで」
「えっ?」
「ほら、試しに差してみ?」
「…うん」

本当かな。本当に大丈夫かな…。
両手で傘を持って恐る恐るボタンみたいなのを外す。

「大丈夫やから」

優しい白石くんの声に励まされて、傘を開いてみる。
そうっと持ち上げて自分の頭上を覆うと、すっ、と紺色の傘が離れる。

「ほら、な。難しないやろ」
「うん…!」

すごい。初めて傘差した!
隣には白石くんが居てくれてるし、怖くない。

「よう似合てるわ、その傘」

そう言ってくれた白石くんは口元を手で覆って照れたように笑っていた。
お姉さんの傘、恥ずかしいのかな?
良く分からなかったから、ありがとうって言って笑いかけたら、白石くんもにっこり笑ってくれた。

「ね、部活って何時くらいに終わるの?」
「んー、今日はこのまま雨やろから…6時くらいやな。どないしたん?」

練習も兼ねて、白石くんのお姉さんの傘を差したまま歩く。
難しいわけじゃないけど風邪が吹くと結構怖いかも。

「部活終わるの、待ってちゃダメ?」
「え?」

白石くんは、きょとんとしてる。

「…やっぱりダメ?」

そうだよね。白石くんだって約束とか予定とかあるよね。
私と違って友達もいっぱい居るだろうし、家族と一緒に住んでるんだし。

「や、ダメとかちゃうけど。せやけど本村さん帰るん遅なるやんか」
「うん…」

明らかに落ち込んでる私に、白石くんがちょっと慌てたように言葉を繋いだ。

「ちゃうて。嬉しいねんで。こんな可愛え彼女が待っててくれたらめちゃめちゃ嬉しいし、
 待っててくれてる思たら部活も頑張れるやん。せやけど、ええの?」

そう言う白石くんは、ダメって言うより、待ててくれる?って言ってくれてるみたいで。

「うん。私も、5時半まで用事があるからそれから学校に戻って来たら丁度良いし。…一緒に帰ろ」
「ん。せやったら、お言葉に甘えさせてもらうわ。」

朝も一緒に登校して、帰りも一緒。
何だかすっごく楽しい。
白石くんも私と同じように、楽しいって思ってくれてるかなぁ。

学校に着いたらそれぞれのクラスに行かなきゃいけないから、
まだ学校に着かなければいいのにって思いながら白石くんの隣を、初めての傘で歩いた。

up 2009/11/17
ぱちぱち戴けると励みになります!


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ