連載『crystal days』全40話(2010/2/9完結)

□第1話 「毎日必ず寝る前にメールしろ」
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『crystal days 1』

中学2年生になる春。
私は住み慣れた東京の地を離れ、ママの病院がある大阪へ単身引っ越しをすることになった。
パパは代々続く会社の代表で、忙しなく世界中を飛び回っている。子どもは私一人。
だからママの余命が宣告されたとき、私は決めたの。私が傍に居てあげるって。

「何やねん跡部。いつもはあきらあきらて喧しくてしゃあないやんか。
 何でさっきから黙りこくってんねん」
「………」

私たちを覆う重苦しい空気におっしーがわざと白々しいくらい明るい声を出しても、
けーくんは足下を見つめたまま何も喋らなかった。

「本当だよ。ウインブルドンやウイーンよりずっと近いんだよ。」

私が言ってもだめ。
うーん。俯いてるけーくんは儚げで綺麗だけど、でもそんな切ない顔、跡部景吾には似合わない。

「けーくん、メールするから」

離れていても死ぬ訳じゃないんだよ。いつでも話せる。頑張れば会いにも行ける。死ぬ訳じゃないんだよ。

「…毎日だ」
「?」
「毎日必ず寝る前にメールしろ」
「え、毎日?」
「そうだ。毎日だ」

やっと口を開いたかと思えば。

「毎日じゃ書くことなくなっちゃうよ」
「毎日だ」
「だから書くこと…」

けーくんは本当に頑固。こうなると私が何を言ってもだめ。
ちょっと困った顔でおっしーに助け船を求めてみたけど私の意に反しておっしーはキラキラした目で私たちを見ていた。

「ロマンチックやな…」
「え、」
「毎日一回の“おやすみ”…東京と大阪、離ればなれになった恋人達が一日の終わりにお互いを思い合うわけや☆」
「………恋人じゃないし」
「同じようなもんやろ」
「全然違うよ」

そう、私とけーくんは恋人じゃない。
二人で歩く時は手を繋ぐし、キスもした。
でもそれは私達が親同士の決めた許嫁だからであって、
大人になったら結婚するけど、けーくんのことが好きな訳じゃない。
それはけーくんだって同じはず。
今はお気に入りのおもちゃを取られたみたいな、そんな気持ちなんだと思う。

「けーくん、私だって淋しいんだよ」

ずっとここで育って来たんだもん。
大阪にはママが居るけど、
ちょっと俺様だけどでも優しくてカッコ良くて頼れるフィアンセも、
関西弁で面白いけど掴み所のない丸メガネの友達も、
ふわふわの髪で甘えん坊の眠れる子羊みたいな友達も、
たまに家に寄る度に抱えきれないほどの世界中のぬいぐるみや靴やワンピースを買って来てくれるパパも、
みんな居ないんだもん。

「でもママと一緒に居てあげたいの」

私がそう言うと、ようやくけーくんが目を合わせてくれた。

「あきら、」
「けーくん」

ママの余命は僅かだと言われた。

「行ってきます」

そうして私は飛行機に乗り込んだ。
小さな窓から遠ざかっていく東京の街を見た時は少し泣きそうになったけど、
私の不安なんてママが抱える淋しさや苦しさに比べたら大したことじゃないんだって自分に言い聞かせて瞼をおろした。

『あきら、』

あの時けーくんは何を言おうとしたんだろう。
ふと思い出したけど、きっとメール忘れるなとか長風呂はやめろとか膝より短いスカートを履くなとか
淋しくなったらいつでも帰って来いとか、そういうことだと思う。

けーくんは東京のママだよね。
でも私は大阪のママと一緒に居てあげたいの。

 up 2009/10/22
 
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