連載『手をつないで』 全7話(2011/1/30完結)

□手をつないで 第3話
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『手をつないで』第3話

「なあーあきらまだー?」
「待ってー!もうちょっとー!」

ドアの向こうで痺れを切らす蔵の声に急かされながらも髪を整える。
初めて袖を通す、明日から通う中学校の制服。
黒いセーラーに真っ白なスカーフが映える。
小学校の時はずっと二つに結んでいた髪も、中学生になったら大人っぽく下ろそうと思ってる。
すーっと櫛を通しながら、何でこんなに真っ黒なんだろって思う。
蔵みたいに柔らかいミルクティーみたいな色だったら良かったのに。

「よし!」

櫛を置いて、ドアノブに手を掛ける。
このドアの向こうで蔵も初めて四天宝寺中の学ランに袖を通しているはず。
蔵はどっちかって言うとブレザーのイメージなんだけど、でも学ランだって絶対にカッコいい。

「お待たせー」
「…!」

ドアを開けると、蔵が壁に預けていた背を浮かして、私の方に歩み寄る。
学ラン姿の蔵は、何だか蔵じゃないみたいだ。
確かに蔵なんだけど、学ランを着た蔵なんだけど、何だか私の知らない人みたい。

「ど、どうかな…?」
「可愛い!あきらめっちゃ可愛い!!」

蔵がわあー、とか、へえー、とか言いながら私の両腕を持ち上げたり、肩に手を掛けてくるりと回らせたりする。
そんな蔵の様子に、あぁやっぱり蔵だ、ってほっとする。

「やっぱ似合うなあ。あきらめちゃめちゃ可愛いやん!」
「本当!?」
「ん。髪も結んでへんし、ちょお大人っぽく見えるわ」
「やったぁ!明日からね、髪下ろして行こうと思ってたの」
「ん。ええんちゃう。あきらの髪きれいやし」

そう言って蔵が髪を撫でてくれる。
私はそんな蔵の髪を一束、指にくるんと巻き付けた。

「私は蔵みたいな髪が良かったなぁ」

ふにゃんと指をすり抜ける感覚に、もう一度髪を巻きつける。

「俺はあきらの髪の方が好きやけどな。日本人らしいし」
「それが嫌なんだもん」
「何でやねん。きれいやないの」

蔵がなかなか私の髪を離してくれないから、私は蔵の髪を三つ編みにすることにした。
そうっと編み込んで行くと、すっごく細い三つ編みができる。

「ちょお、あきら何してんねん」
「ふふ、三つ編みー」
「そない可愛く言うてもアカンで。俺の髪クセ付きやすいんやから止めや」
「だって蔵の髪ふにゃふにゃだもん」
「はは、何やねんそれ。ふにゃふにゃやったら三つ編みにしてもええとか何処の文化やねん」
「梅田ー」

そう言う私の手を蔵がかすめ取って制する。
三つ編み、3つしかできなかった。

「ホンマよお似合うてるわ」
「ありがと。蔵もカッコいいよ」
「はは、ホンマか?」
「うん、中学入ったらますますモテそうだね!」
「んー、それはあんま嬉しないなあ」
「え?何で?」

蔵に手を引かれて私の部屋へ入る。
いつものようにベッドに並んで座って、私はマリーちゃんの顔の形をした枕を抱っこする。
これは、去年のお誕生日に蔵が買ってくれたもの。
ふふ、蔵にそっくり。

「そんなよお知らへん子に好かれても嬉しないやん」
「そうかなぁ…。私だったら誰でも好きって言ってくれたら嬉しいと思うけど…」
「そうかあ?知らへん子やで。見た目だけで好きや言われても困るやん」
「んー、私には分からないや。蔵みたいにモテないもん」
「あきら可愛いのになあ」

蔵はいっつもそういうことをさらりと言う。
蔵は小さい頃から一緒で、本当にお兄ちゃんみたいだけど、でもやっぱり男の子だから、
誰も言ってくれないそういうことを言われると私はドキドキしちゃうのに、
でも蔵だってやっぱり私のことは妹みたいに思っているはずだし、
だから、もぅ、そういうこと言わないで…!って思う。

私は、赤くなってるはずの顔を下ろしている髪で隠すために俯いた。
マリーちゃんのピンクのリボンを指先で撫でる。

「もぅ、そんなこと言うの蔵だけだよ。…中学校では、誰か好きって言ってくれるのかなぁ」
「中学校では、て。女子校やろ。女子でもええの?」
「んー…女子でも良いけど…男子が良いなぁ…」

できれば、蔵みたいにカッコ良くて、優しくて、スポーツもできて、
私が不安な時はすぐに気付いて励ましてくれて、私が嬉しい時は一緒になって喜んでくれる人。

「俺は?俺はアカンの?」
「え?」

蔵の声に顔を上げると、真剣な表情の蔵と目が合った。
やっぱり、蔵じゃないみたい。
学ランのせいだけじゃなくて、何これ、蔵が、知らない男の子みたい…!

「あっ!そうだっ!」

私は思わずベッドから立ち上がった。
そのまま蔵に背を向ける。

「こないだのね、旅行の写真でき上がったんだよ。うちのデジカメで撮った分あげるね」

バッグに入れておいたそれをそうっと取り出す。
写真屋さんの透明の袋の中で、私と蔵が並んで笑っていた。
この時は何とも思わなかったのに…。

「どれどれ」

蔵もベッドから立ち上がって、私の隣に腰を下ろす。

「はは、これあきらが鳥に水掛けられて泣きそうになってた時や」
「こ、こっちは蔵が山菜と間違って毒がある草を誇らしげに持ってるやつだよ!」
「ちゃうちゃう!ちゃうて、毒があるんは知っとってんもん!」
「ウソ!蔵目が泳いでる。それ蔵がウソ吐く時のクセだもん」
「…!」

あ、良かった。さっきの変な空気は何処かに行ってくれたみたい。いつもの蔵だ。

それから私たちはしばらく写真を見ながら旅行の時のことを思い出していたけれど、
蔵の携帯が鳴って、蔵のお母さんがごはんできたよって言うから私の家もきっとそろそろだし蔵は帰ることにした。

「ほな、あきら明日間違って小学校に行きなや」
「い、行かないもん!蔵こそ初日から遅刻なんてしないでね」
「はは、気ぃ付けるわ。ほな、あきら」
「うん」
「中学校も頑張りや」

蔵にポンと頭を撫でられて、そっか、中学校には蔵が居ないんだって思い出す。

「…うん」

涙をぐっと堪える私を蔵はぎゅっと抱き締めて、大丈夫や、って言ってくれた。
やっぱり蔵じゃないみたい。
私が知らない男の子みたいだよ。

 up 2010/3/2
 
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