連載『Vanilla Sky』

□『Vanilla Sky』 第3話
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『Vanilla Sky』第3話

Tシャツとハーパンをぎゅっと抱きしめると、白石くんの匂いがした。
さっき私を抱きしめてくれた優しい匂い。
するとさっきは見当たらなかったものに気付いて駆け寄る。
こんな大きなものが見当たらないなんてありえない。
きっと、さっきまでは無かったんだ。
無かったのか、見えなかったのか。

「これって謙也のでも小春ちゃんのでもないよね?」

机に立て掛けるようにして置かれた黒いラケットバッグに、謙也も小春ちゃんも首を傾げた。

「さっきまでそんなん、あったか…?」
「ううん、あったら気付くはずやけど…」
「これきっと白石くんのだよ」
「あきら、」

開けて良いかな。
白石くんの姿は見えないけど、でも、存在しない訳じゃない。
そうだとすると勝手に開けて中を見るのは躊躇われた。
だけど、今、白石くんのことを知る手掛かりはこの中にあるはず。

「ごめんね白石くん、開けるよ」

ダメって言ってたらごめんね。
変なもの入れてませんように…!

ジップに手を掛けてゆっくりと開ける。
と、ラケットよりも先に異様なものが目に飛び込んできた。

「何や、これ…」
「金…みたいやねぇ…」

そう、パッと目に飛び込んできたのは金色の塊。
何なのかはよく分からないけど、長くて、腕とか、通りそう…な…。

「!」

白石くんの左腕、何って言ってたっけ。何かをいつも着けてるんだって言ってた。
オサムちゃんに預けられたんだって。

「重…」

手に取って自分の腕に嵌めてみえると、私の腕より二回り以上大きい。
けれどそれは、白石くんの左腕にぴったりの大きさのように思えた。

「これ、左利きみたいねぇ」

グリップについた手の痕を指でなぞりながら小春ちゃんが呟いた。

「こ、これ…」

謙也が手にしたキャンバス地の薄手のトートから取り出したのは我が四天宝寺中テニス部のレギュラージャージ。
ご丁寧に、裏のタグにきれいな字で″白石″って油性ペンで書かれている。

「部長だって言ってたよ。それに左利きだって。腕も見せて貰った」

見せて貰ったっていうか…丸見えだったけど…。

「どないしよ、あたしでも分からへん。ストーカーにしては小細工が効き過ぎやわ」
「小春に分からへんことは俺にも分からへん!せやけど、ストーカーやなかったら何なん!?やっぱ幽霊か!」

私たちは何かヒントは無いかと白石くんのラケットバッグの中を漁った。
白石くんは几帳面みたいで、ラケットバッグの中でもさっきのトートみたいにそれぞれ小分けにものを入れていて、
ひとつひとつそれを開ける度に罪悪感を抱いた。

「これ、細々したの何やいっぱい入ってんで!」

謙也が小さめのポーチみたいな巾着の中身を漁って、ウォークマンを取り出した。
次に、お家の鍵、自転車の鍵、

「あっ待って、これここの鍵だよ…!私の部屋の鍵…!」

白石くんのお家のものと思われる鍵と一緒にボールチェーンで繋がれた鍵は見覚えのある形状だった。
私が普段持ち歩いてるものと見比べても、形が一緒。

「ん?何やコレ?…わ!」
「「!?」」

謙也が思わず放り投げたものを見て私も小春ちゃんも言葉を失った。
手の平に乗る、紙製の四角い箱。その中には多分ひとつひとつパッケージされた…アレが…。

「そ…そう言えば…昨日、した、って言ってた…かも…」

3人の視線は一斉にベッドの脇のゴミ箱に向いた。
けど。

「いやいやいやいや、なあ!?」
「ね!?」
「それはさすがに、ね!?」

あのゴミ箱の中に使用済みの、その、アレが入っていたら白石くん=私の彼氏説の信憑性がかなり高まる気がする。
けど、私はまだ一度も見たことがないつもりのそれをゴミ箱から拾い上げる勇気はない。

「こ、これは勝手に見たらアカンもんやね!仕舞っとこ!」

小春ちゃんがさっと箱を拾って巾着の中へ戻した。
はぁ、ビックリした。
見えなくなったことで少しほっとして顔を上げると、謙也と目が合った。

「ほ、他にも怪しいもんないか!?」

ふいと視線を逸らして謙也は立ち上がった。

白石くんって何者なんだろう。
私は、少なくとも私は、謙也とそれなりに良い感じだと思ってた。
部活帰りは必ず私を家まで送ってくれて、昨日みたいに金曜日とか時間がある時は一緒にご飯を食べてって。
手を繋いだりキスをしたり、そんな恋人みたいなことは今まで一度だってしたことがなかったけれど、
いつかきっと手を繋いだりキスをしたり、あの箱の中身を使ったり、謙也とするんだと思ってた。
謙也と居ると毎日が、ううん、どんな瞬間でも楽しくていつでも笑っていられた。
付かず離れずな私たちだけど、謙也を好きになってから一度も他の人と付き合うなんて考えたことなかった。

なのに白石くんは、私の彼氏だって言った。
抱きしめて、好きだって。
そういうことも昨日だけじゃなくて何度もしてるって言ってた。
私は終わるとすぐに服を着たがるんだって。
そんな私の知らないことを知ってた。
どうして私の知らない私のことを知ってるの?
ストーカーの妄想?
私は気を失ってストーカーの妄想の中に引きずり込まれちゃったの?
それとも、白石くんって人が居ると思って見たただの幻覚?
変だよ。
すごく変。
でもどうして、私、白石くんのことを変な人だとは思えない。

白石くんのレギュラージャージをそっと撫でてみる。
マネージャーの私や謙也のより、ずっときれいに見えるけど、よく見てみると端の方が擦り切れてる。
ジャージの膝のとこや裾には繕った跡があるし、きっとすごく努力してるんだ。
私、これが偽物には見えないよ。
あの腕をこれに通して、毎日毎日練習をしてたんじゃないかな。

「あきら!」
「!」

謙也の声にはっと我に返る。
ぎゅっと握ったままだったジャージを軽く畳んでトートバッグに仕舞った。

「あきら、やっぱこんなん変や!今日は俺ん家泊まり!」
「え!?」
「だってほら、よお分からへんけどストーカーやないとは言い切れへんやん!?
 そんなとこにあきら一人置いてよお帰られへんわ!な、小春も心配やろ!?」
「えっ、そ、そうねぇ。ストーカーじゃないしにても気味が悪いし…あきらちゃん、謙也くんに甘えたら?」
「う、うん…」

謙也の家にお泊まり。
それは今まで謙也の家に遊びに行くたびに夢見たことだった。ゲームをしたり、DVDを見たり、宿題をしたり。
二人で過ごしていると、帰りたくないなぁ、もっと一緒に居たいなぁ、って思った。
だけど何故か、この機に乗じてという気分にはなれなかった。

「大丈夫だよ。昨日の夜だって一人で寝てたけど何もなかったんだし。何かあったら電話するから。ね?」
「ううん、あきらちゃんがそう言うんやったら無理にとは言わへんけど…でもあたし心配やわぁ」
「気が引けるんは分かるけどや、でもホンマに危ないって」
「だ、大丈夫だよ…というかそんなに脅かさないでよ…」
「脅かすとかやなくて、ホンマに気味悪いやん!ストーカーでも、幽霊でも、おかしいて!」
「うーん…でも…」

謙也が心配してくれてるのは嬉しい。
だけど、私はこの不可解な状況の原因はストーカーでも幽霊でもないって思ってる。
だから白石くんともう一度会って話がしたかった。


それから、小春ちゃんがちょっと調べたいことあるからと帰ってしまうと急に部屋は静まり返った。
いつもは次から次にクラスであった面白いことや先生の話をする謙也が珍しく無口だからだ。

「えと…お茶でも飲もっか。もう手掛かりになりそうなものもないし」

立ち上がった私の手首を謙也がぎゅっと握った。

「あきら!」
「な…に?」

謙也の手の平の熱が私の血液の温度を手首からぐんぐんと上げていく。
昨日まで、冗談でだって触れたことがなかった謙也の手が、私を行かせまいとしている。
どこへ?キッチンへ?それとも。

「あ、いや」

謙也が握ったばかりの手を離す。
もぅ、本当ヘタレ!白石くんはぎゅっと抱きしめてくれたのに!
私はスタスタとキッチンへ向かうと冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに注いだ。
これ、白石くんのなのかな。他に飲み物ないから、いただきまーす。

「あれ?ピーチティちゃうん?」

テーブルに向かい合わせたグラスを傾けて謙也は続けた。

「うん、起きたらピーチティ無くなってたの。ミネラルウォーターと牛乳になってた。ありえなくない?」
「ホンマに大丈夫か?…何かあったらすぐ電話しや。すっ飛んで来たるから。あ、それとも俺が泊ろか?」
「あはは、逆に危険な気がするよ」
「はは、確かに。オオカミさんになってまうかもしれへんなあ!」

ふざけたフリして、謙也顔真っ赤だよ。
バレバレなのに何で好きって言ってくれないの。

「うわ、オオカミって!キモ!」
「えええ、キモイて…!俺ホンマに心配してんねんで!」
「ありがと。でも大丈夫だよ。…私ね、白石くんと話してみようと思うの」
「え…?」
「白石くんは私を誰かと勘違いしてるのかもしれないじゃん?だったら話を聞いてその子に伝えてあげなきゃ」

だって、白石くんが電話を掛けて来たのは私だもん。
私が、白石くんの声を届けてあげなきゃ。

もしそうだったら、白石くんの本当に好きな人も見つかって、私は私で謙也と前へ進めるかもしれないし。

「あきら、何言うてんねん!」
「え…?けん、」
「何であきらがそないなことせなアカンねん!勘違いやとしてもあきらがそこまでしたることないやろ!」
「え、だ、だって、白石くんは…」
「白石くんて誰やねん!何者やねん!気味悪いわ!あきらの彼氏やて?ふぜけんなや!
 あきらももうそんな奴のこと考えんなや!放っといたらええやん!!」

心配してくれてるんだって分かってる。
でも、怒気を含む謙也の口調に私もつい大きな声を出した。

「どうしてそんなこと言うの!謙也らしくないよ!」
「俺らしない?俺らしいってどないやねん!」
「け、謙也は目の前に困ってる人が居たら放っておかないもん!そんな奴のこと考えるななんて絶対に言わない。
 むしろ怖がってる私に白石くんの気持ちになって考えてみなよって言ってくれるよ!謙也は誰にでも優しいもん!」

いつもそうじゃん。
誰とでも仲良くできて、いつもみんなを笑顔にして。

「誰にでも優しいわけないやろ!」
「!」
「俺がお前に優しするんは、お前が好きやからや!」
「けん…や…」
「こないな時に言うつもりやなかったねんけど!言うてもうたもんはしゃーない!あきら!お前が好きや!
 ずっと前からお前が好きやったし、あきらもまんざらでもないんやと思ってた。ええ感じやって。
 せやからいつかええ雰囲気の時に言お思ってた。お前が好きや、俺と付き合ってくれ!!」

1年もこの言葉を待ち続けていた。
なかなか言ってくれない謙也に、ヤキモキしたり、不安になったり、泣いたり、でも好きだと笑ったりした。
なのにどうして?私の心を渦巻いているのは、どうしよう、ってこと。

「謙也…」
「あきら」
「私もずっと…謙也のこと、好きだったよ」
「じゃ、じゃあ、」
「でも、今謙也とは付き合えないよ」
「な、何でやねん!俺らええ感じやったよな?」
「うん、昨日まではそうだったよね?昨日言ってくれてたら謙也と付き合ってたと思う。けど…」
「あきら、ちょおあきらまさか…!」
「白石くん、私の彼氏だって言ってた」
「あきら、何でそんな奴の言うこと信じるねん!あきらは話した言うとるけどそいつ居らへんやん!ここに!」

謙也が腕を伸ばしたそこには何もない空間が広がっている。
この部屋には私と謙也との二人だけ。

「私、白石くんに会って来たって言ったでしょ」
「言うてたな」
「その時、ここに居たんだよ。ここに私も、白石くんも居たの」
「あきら…、」
「ここで、」

私はさっき私が倒れていた辺りを両手で示した。

「小春ちゃんが私を抱きとめてくれてて、謙也がずっと私の名前を呼んでくれてた」
「…聞こえてたんやな」
「ううん、見てたの。ここから。それで謙也に手を伸ばしたんだけど…」
「?」
「触れられなかった…」

泣きそうになって、慌てて大きく息を吸った。
目の前に居るのに、触れられる距離に居るのに、手を伸ばせばすり抜けるなんて。
私と謙也のこの1年間みたいだ。

「あきら、泣かんといて」
「触れられなかったんだよ、謙也に…、謙也に…!」

″や、でも、もう二度とあきらに触れられへんのやと思ってたから。良かった…″

「白石くんが私の妄想や、ストーカーや、幽霊だったら良いよ。だけど、もし白石くんの言ってることが本当だったら?
 白石くんはここにちゃんと居るのに私や謙也や小春ちゃんから見えなくなってるんだったら?
 謙也だって見たでしょ、ラケットバッグが急に現れたみたいに見つかったのも、その中のレギュラージャージも」
「た、確かに不可解ではあるけどや…」
「白石くんが今もここに居て私と謙也の会話を聞いてるとしたら、白石くんどんな気持ちだろう」
「悲しい、やろな」
「謙也のこと親友だって言ってたよ。何でも気楽に話せるいい奴、って」
「親…友…」
「彼女からも親友からも忘れられて、二人の会話を聞いてるとしたら、どんな気持ちだろう」
「そんなん…」

謙也の膝の上に固めた握り拳がわなわなと震えている。
やっぱり、謙也は優しいよ。

「そんなん…放って…おかれへん…」
「謙也…!」
「すまん、俺どうかしてたわ。よお分からへんけど、あきらが信じるもんを信じる」

そう言うと謙也がぐるりと辺りを見渡した。

「白石、居てる?俺、お前のこと覚えてへんけど。せやけど思い出すから。
 あきらがお前やなくて俺のやって証明すんのはその後にしたるわ」

ちょ、ちょっと謙也カッコ良いよ…!

白石くん、ちゃんと聞こえてる?
大丈夫だよ、謙也が味方になってくれるんだもん。
きっともうすぐ、ここに戻って来れるよ。

だけどそうなったら、私はどうすれば良いのかな。
私が好きなのは、どっち?

 up 2011/9/8
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