企画『crystal summer days』

□crystal summer days 第2話
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『crystal summer days 2』

「どないしたん。最近ずっと元気無かったんも、そのせい?」

私の部屋に戻ってソファに隣合って座った。
白石くんは右腕を私の背中に回して、左手は私の手の平をふにふにと撫でている。

「元気、無かったかな…」
「ん。空元気っちゅーか…笑っとるかと思えば急に何か考えとるような顔しとったり」
「ごめん…」
「や、別に謝ることちゃうけどや、心配なるやん?」
「うん…」

白石くんはいつだって優しい。
だけど、白石くんと一緒に居たくて留学を悩んでるなんて言ったらきっとガッカリさせちゃうと思う。
白石くんはいつだって前を向いて頑張っている人だから。

「ええよ、無理しなや。あきらの話しやすいタイミングでええから」
「うん…」

話さなきゃと思うんだけど、そう思えば思うほど言葉が出てきてくれない。
どうしよう、白石くんもいい加減待ちくたびれちゃうよね。
どうせ話さなきゃいけないんだから早く話し出せば良いのに、でも、怖いよ…。

「俺な、」
「…うん」
「あきらが跡部くんに婚約を破棄するって言うた時、正直戸惑ったん」
「え…?」
「あ、ああ、誤解せんといてな。嬉しかったで。あきらとはどないしてもいつかは別れなアカンのやと思とったから。
 あきらが俺とずっと一緒に居るんを選んでくれてむっちゃ嬉しかった」
「うん」
「せやけどな、」
「うん」
「あきらって生まれたってのお嬢様やから普通と違うとこあるやん、悪い意味やなくてな」
「う、うん」
「俺にとって普通のことがあきらには珍しかったり、それが面白い時もあれば、何で?てなる時もあるはずやん」
「うん…」

白石くんの言う通り、自分が普通じゃないんだと思わされることはたくさんあった。
大抵の事は、これが普通なんだって自分に言い聞かせて納得して来たけど、簡単には納得できないこともある。

「そういうん疲れるんちゃうかなって。想像やけど」
「うん…」
「跡部くんと居ったら、そう言う思いはせぇへんやん。小さい頃から一緒やった訳やし、同じように金持ちで」
「うん…」

白石くんがそんな風に考えてたなんて思わなかった。
きっと私を理解しようとしてくれてるんだけど、でも何だか、淋しい。
私と白石くんが全然違う生き物だって言われてるみたいで。

「無理させるんちゃうかなって思っててん」
「む、り…」
「せやけどな、あきら、大阪に戻って来てくれたやんか」
「うん」
「俺の傍に居ることが俺のためにできることや思った、って」
「うん」

"白石くんが私が居たら何でも頑張れる、って言ってくれたから"
"だから私にできることって白石くんと一緒に居ることなのかなぁって"

赤い観覧車に隣合って座って、白石くんすごく喜んでくれた。

「せやから、俺、あきらのためやったら何でもやったるって決めてん」
「何でも…?」
「ん。あきらがして欲しい言うたら何でもしたるし、あきらが嫌や言うたら何からでも守ったる」
「白石くん…」
「せやけどな、あきら、あんまし何も言わへんやん」

白石くんは繋いでいた手を解くと、私の身体をぎゅっと抱きしめた。
得体の知れない不安から私を守るみたいに、優しく。

「何でも言うてええんやで。もっとワガママになり。俺のことやったらいくらでも傷つけてもええから」
「ふふ。白石くんやっぱりドMじゃん…」

そう言いながらも温かい涙がひとしずく、ぽろりと零れて白石くんの肩口を濡らしてしまった。

「俺はいつだってあきらのこと、ぜぇんぶ、愛してんで」

あぁ、そうだ。
私だって白石くんのことが大好きだけど、白石くんだって私のことが大好きで居てくれてるんだ。
私の良いところも悪いところも、全部、好きでいてくれてる。

「白石くん、私ね」
「ん。」

腕を伸ばして白石くんと目を合わせられるだけの距離を取ると、白石くんは優しく笑ってくれた。
ごめんね、白石くんはいつだってこうして私が話すのを待っていてくれてたのに。

「けーくんと婚約を解消したら、これからどうすれば良いのか分からなくなっちゃったの」
「ん。」

話し出した私の髪をゆっくりと撫でる指先から、腰に回した腕から、微笑んだ唇から、
白石くんは怖がらなくて良いよって伝えようとしてくれているみたいだった。

「私がバイオリンを始めたのも、ウイーンの音楽学校に進学することになってるのも、
 全部けーくんのお嫁さんになるために小さい頃に決められたことだったから」
「ん。」
「理由が、なくなっちゃって」
「ん。せやなあ」
「バイオリンは好きだから続けたいけど、弾くだけだったら家に居たってできるし、
 仕事にするにしてもバイオリニストじゃなくても先生とか、他にも続ける方法はあるでしょ」
「ん。でもウイーンに行ったらええ先生が居てるとか、バイオリン続けるのにええ環境なんちゃうの?」
「うん。日本に居るよりドイツとかフランスとか、クラシックが盛んな地域が周りにいっぱいあるし、
 勉強にもなると思う。だけど…」
「だけど?」
「ヨーロッパに白石くんは、居ないから…」

恐々と白石くんの表情を覗うと、ぎゅっと瞬間的に強く抱きしめられた。

「!?」
「あきら…」
「し、白石くん…?」

怒った?訳じゃないよね…?

「あきら…ちょお、このまま聞いて」
「う、うん…?」

すっぽりと白石くんの腕と胸に包まれて白石くんの表情は見えない。
けど、白石くんの声は怒っていると言うより…

「めっちゃ嬉しい…」
「白石くん…」
「俺かて、あきらといつでも一緒に居たい。ウイーンにやなんて行かせたない。
 こないな感じでずっと腕ん中に閉じ込めておきたい」

ぎゅうぅぅぅっと抱きしめられて、どうしてもっと早く白石くんに話せなかったんだろうって思う。
ごめんね白石くん、私臆病だったね。

「でもな、」

ゆっくりと腕が解かれると、白石くんは眉をハの字にして困ったように笑っていた。

「ウイーンと大阪で離れたかて、大丈夫やで」
「!」
「何があったかて、俺たちは大丈夫」
「白石くん…」
「ウイーンに行っても大丈夫、大阪で進学しても大丈夫、東京に戻っても大丈夫」

白石くん、もぅ、″大丈夫″は私の口癖だよ。

「俺とあきらはずっと一緒に居られるねん。距離は離れとっても、いつでも一緒や」
「うん」
「あきらは急に自由になって考えなアカンことができたから迷うと思うけどや、それって普通のことやで」
「普通…?」
「俺かて迷う。薬剤師になろ思っとったけど、それでええんかなって」
「どうして?小さい頃からの夢だったんでしょ?」
「ん。夢やったで。ずーっとな。
 せやけど、薬剤師になったら絶対にあきらに今までのような暮らしはさせてやられへんやん?」
「白石くん、私は…」
「ん。分かってんで。あきらは俺にあきらのオトンの会社継いで欲しいとは思ってへんやろ。
 せやけど俺も男やから。あきらに不自由はさせたないねん」
「白石くん…」
「せやけど、薬剤師になんのが夢やし、
 あきらのオトンも″薬剤師になってたくさんの命を救ってあげなさい″って言うてくれた」
「うん」
「迷いながら頑張ってんねん。俺もやし、他の奴も」
「そう、なんだね…」
「あきらも焦らずに考えたらええやん。やっと考えられるようになったんやで」
「うん…!」
「せやけど、一人で悩まんといてな。心配なるから」
「ごめん…」
「大丈夫やで。自分で選べば一番良い人生になる、やろ?」
「うん…!」

白石くんにぎゅっと抱き付いて、それから顔を近付けてそっと目を閉じた。
応えるように重ねられた唇に、大丈夫、そう思えた。

「白石くん」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」

大丈夫だよ、私と白石くんが選んだ人生はきっと一番幸せな未来に繋がっている。
そうだよね、白石くん。

up 2011/8/2 
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