with love

□うさぎりんご。
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そもそも冬休みに入る直前に風邪を引いてしまった私が悪いのだが、今のこの状況はどうにも解せない。

椿くんが宿題や連絡事項を伝えに来てくれたらしいことはわかる。
でも、なぜ私の部屋にいて、かつ、看病をしてくれているのだろうか。



「ん、食べないのか?」

目の前には、可愛らしいうさぎ型のりんごを爪楊枝で突き刺して、いつもと同じ凛とした眼を向ける椿くん。

「た…べる…が、椿くん。自分で食べられる。」

私はというと、怠い身体をなんとかベッドから起こし、その眼差しを一身に受けている。
…鏡を見ていないまでも恐らく今は精気のないとても酷い顔をしているし、おまけにパジャマ姿。
女の子としては、こんな姿を気になっている男の子には絶対に見られたくはない。

「ははっ遠慮などすることはない。ほら、あーん。」

しかし…気になっている男の子の、この混じりっけなしの笑顔を見せられては、その善意を断ることなど到底できるはずもないのだ。
ただ、さすがに『あーん』は恥ずかしくて眼を閉じたのだが…あのとき、恥ずかしさのあまり唇が震えていやしなかったかと今更心配になってきた。

「どうだ?」
「…おいしいな。」
「そうか!」
ところが、放り込んだ本人はそんなことに構う様子もなく…むしろ、どこか緊張した面持ちでいるものだから食べた感想を率直に伝える。
すると、彼は目尻をひどく優しく下げて笑った。

…このりんご、すごく甘酸っぱい


「椿くん。」
「なんだ?」
「これは椿くんが剥いたのか?」

ドキドキとうるさい鼓動を誤魔化そうと彼から爪楊枝を奪って、この可愛らしいうさぎを再び口に運ぶ。

「あぁ、なかなか上手だろう?」

何気なしに訊ねたことだったのだが、珍しくちょっと得意そうな顔をする彼もまた可愛らしいと思った。

「うん…うさぎもすごくかわいい。」

甘酸っぱさを楽しみながらの咀嚼を終えて、もう1つと手を伸ばす。
このうさぎ型のりんごを、あまり器用とはいえない彼がこんなに綺麗に剥いてくれたことが…私のために剥いてくれたことが、素直に嬉しかった。


そんなことを思いながら3つめのりんごを食べようとすると、右側…つまり、椿くんがいる方向から視線を感じた。

「私の顔に何か付いているか?」

もしかしたら頬にりんごの果汁を飛ばしていたのかもしれない…そう思って手近なタオルで口許を拭ってみる。

「あ、すまない。今日の浅雛はとても素直で、その…。」
「普段の私は素直ではない?」
「や、そういうわけではなくてだな…その、かわいいなと。」

皮肉を言うような人ではないことはわかっているがデリカシーがないこともわかっている分、言おうか言うまいか迷う素振りを見せる彼に、さっきまでとは違ったドキドキが胸を打つ。
だが、彼の口から出た最後のその言葉に一瞬息が詰まった。

「…熱でもあるのか?」
「む、熱があるのは浅雛だろう?」

タオルをぎゅっと握り締めてその唐突な発言を受け流そうとしたら、

「っ椿く!?」
「こら、じっとして。」

…とんだやぶ蛇だ。
私の額に心地好い左手をあてる彼に、頬に熱が集まるのを自覚する。

「まだ熱いな…すまん、長居しすぎた。」
「……もっ…」
「?」

その左手が離れていくのが名残惜しかったのは、冷たくて気持ちよかったから…というだけではない。

「いや、何でもない。今日はありがとう。」
「当たり前のことをしたまでだ。ゆっくり休んで、早くよくなれよ。」

ちょうどりんごの入ったお皿も空になっていたからか、椿くんは帰る仕度を整えてドアノブに手をかける。

「椿くんが来てくれて、嬉しかった。」

その背中にそう声をかけると、唇を引き結んだ難しい顔が私を見る。
かと思えば、左手を私の頭に乗せ、わしゃわしゃと髪の毛を混ぜるように撫でた。

「じゃあまた。」

再び背中を見たときはこんな素っ気ない言葉だったけれど…彼の真っ赤になった耳のせいで、私はまた頬を真っ赤に染めることになった。



fin.

こっちの病のがよっぽどやっかい



+松濤さまへ!



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