with love

□mirror
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男鹿がおじいちゃんに修行を申し込んできたのは今朝のこと。
冗談かと思ったけど、男鹿の目は本気だってことしか語らない。

"強くならなきゃなんねぇ"

…そうだ。私だって、このままじゃいれない。
強くなりたい。強く、ならなきゃ…足手まといでしかない。誰も守れない。
強くなりたい。


この決意に偽りなんて欠片もない。

なのに、ねぇ…
あんたといると、どうしてかな?

胸が痛いよ

強くなりたい、だけじゃなくなるよ



---
修行が始まって、最初の休憩のときのこと。
唐突に男鹿は嬉しそうに話し出した。

「いやー、しっかしお前まじで青井くにえにそっくりだな!」
「そ、そそそそう!?」
「おうっ、いとこってすげんだなぁ。」

な、ベル坊?なんて言いながら頭を撫でる手つきは正に父親のそれだ。
でも今は見ていても、とてもじゃないけれど微笑ましい気持ちになんてなれない。
だって…

「なぁ、あいつ元気か?」
「若いのにちゃんと弟の面倒もみて、ほんとえらいよなぁ。」
「実はお前のいとこにはよく世話になっててな…」

などと、その『いとこ』を目の前に言う男鹿に、私は貼りつけたような笑みを浮かべて曖昧な相槌を打つので精一杯なのだ。
てゆか、なんで気づかないの!?
いや、気づかれたくなんてないんだけど!でも、なんか……っ!!
悶々とした苛立ちに内心頭を抱えながら、それを微塵も感じさせてなるまいと髪の毛をサラリと耳にかけた。
それでもずっと、あいつの口はもう1人の私のことばかりを吐き出す。
そのことが、どういうわけか、すごく悔しくて。


…だから、一度。
一度だけ、何でもないように聞いてやろうと思った。

"そのいとこが私だったらどうする?"

ほら、ジョーダンみたいな質問。
これを言えばきっと「はぁ!?まじか!!」みたいな反応があって、驚いたあと笑うんだろう。

「邦枝もジョーダンゆうんだな!」って。

でも、容易くこんな予想を脳内で展開できても、それでも言いたくなるのは…私を、『邦枝葵』を見て欲しいから。


静かに息を吐き出して、いつの間にか垂れていた髪の毛を再び耳にかける。

「ねぇ、」

そして、ちょうど話が途切れたところで鈍感ヤローのバカ男鹿を見…



"そのいとこが私だったらどうする?"



続くはずの台詞は、視界を埋め尽くした男鹿の横顔によって、散り散りなる。


…そんな顔、反則…よっ


にもかかわらず、トドメと言わんばかりに降り下ろされたのは

「今度はいつ会えっかなぁ…あおい。」

なんて、愛しくて鋭い刃。
せめて『あおい』が『葵』ならよかったのに………なんちゃって。

自嘲を隠すためにきゅっと引き結んだ唇で、弧を描く。
私の言うべき台詞は、たった1つになってる。

「また、公園に行けば会えるよ。」

あぁ、上手く笑えたかな。
それだけが心配だったけど、そんな心配は無用だったらしい。

「…だなっ!」

ニッといつものように不遜に笑う男鹿は、私のよく知ってる男鹿だ。
だから余計に、寂しいやら、安心するやら、ごちゃまぜの感情の渦に飲まれそうになる。
そこに、男鹿は更に言葉を重ねた。

「あ、今度はお前も来いよ!」
「え?」
「お前もいたらベル坊喜ぶし!」

ダッ!と挙げられた手に迷いはなくて。
ありがとうの気持ちを込めてベルちゃんの頭を柔らかく撫でた。

「…そうね、また。」

『邦枝葵』と『青井くにえ』が同時に存在できないことはわかっているけれど、その"また"のときは…誤魔化さずに向き合いたい。



どちらの私も、私なんだから


+おまけ。



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