with love

□秘め恋。
1ページ/3ページ

冷たい空気が肌を刺す季節、街灯のぼんやりとした明るさに包まれた公園には少女がひとり。


「寒ぅ。」

マフラーに鼻先を埋めるようにして、その赤くなった頬まで隠したヒメコは、握りしめた携帯電話を恨めしそうに見下ろした。
液晶パネルが表示する時間は17:20。
待ち合わせは17:00。
昨日の夜「よぉ、明日の夜空いてるか?ちょっと付き合ってほしいとこあんだけど」などと電話をかけてきた主は未だに現れない。

(ほんま、レディーを待たすてどうゆうこっちゃ!)


(…なんかあったんやろか)

早く来い来いと到着を楽しみに待っていたが、意外と律儀な彼が何の連絡もなく遅れることがだんだん不安になってくる。

「ボッスン、はよ来てぇや。」
「ッハァ…ハァ……ヒメコ!」

心許なくぽそっと零れ落ちた声のすぐあと、背後から土を踏む音が飛び込み、聞き慣れた声がヒメコの鼓膜を震わせた。

「ボッスン!」
「遅くなっちまって悪ぃ!」

振り向くと、癖毛を乱して走ってくる待ち人の姿が眼前に飛び込む。

「ほんまやで!もうっあほあほあほ!」
「ごめんて!」

来てくれた安堵と心配させた罰として、その癖毛を更に乱すようにわしゃわしゃとかき混ぜる。
そして、ひとしきりかき混ぜるように撫でたあと、

「まぁ、走ってきてくれたから許す。」
「おぉお…ありがたき幸せ。」

さっきまでの行為の子供っぽさが少し恥ずかしくもあり一瞬だけボッスンを見てそう伝えると、彼は左手をお腹の前にもってきて一礼。
そして、体を起こしたと思えば意地悪そうに眼尻を下げた。

「…あほ。で、今日はどないしたん?」
「あぁ、んじゃ行くぞ。」

おもむろに腕時計を確認したボッスンは、やけに落ち着いた声でヒメコを促す。

「ちょっ、どこ行くねん!」
「ん〜…お楽しみ、だ!着いてこい!」

そう言われてしまってはこれ以上聞くのは野暮なことに思われた。
好奇心を潜めて、パーカーの両ポケットに手を突っ込んで歩くボッスンを追いかける。


しばらく歩いていくうちに、どうやらデパートの方向が目的地らしいとヒメコは目星をつける。

(う〜ん、買い物付きおうて欲しいてことかな?)

マフラーを鼻先にかかるまで持ってきたボッスンを横目に、ぼんやりと誘われた理由を考える。
そして、自分の中には他の理由だといいのに…という期待があることもヒメコはもう知っていた。

「なぁ、ボッスン。」
「んぁ?」
「今日…」

(ボッスン、知っとる?今日クリスマスイブやで)

「…今日、ほんま寒いなぁ!手袋してきたらよかった!」

気軽に声にしてしまえばいいものを、それができないのは"クリスマスイブ"に酔っているからかもしれない。
すれ違う人々にカップルが増えてきたように思うから尚更。

「ヒメコ。」
「ん?」

言えなかったもどかしさを誤魔化すように小さく丸めた両手を口許にあてていたヒメコに、

「俺の手、超あったか。」

ボッスンは右手を差し出して、こともあろうにそう言った。

「!て、て、手ぇ繋ぐん!?」
「はい、これでヒメコもあったかー。」
「ちょ、ちょっ!」
「…んだよ?」
「や、その…アタ、アタシ「お前こんなに手ぇ冷えて…いっぱい待たせたみてぇだな…ほんとごめん。」

"アタシら恋人同士でもないやん"
そう吐き出そうとした言葉は、ボッスンの温もりと、いつもとは違う眼差しに見つめられて霧散した。

「別に、そんな待ってへん。」
「そか、サンキュ。」
「あ〜それにしてもボッスンほんま温いなぁ。」
「へへっポケットでずっと温めてたかんな。」

(温いし、とゆうかもう…なんかアタシ熱でそう!)

意識すまいと思えば思うほど、自分の手をすっぽり包む温かいボッスンの手を意識してしまう。
さっきまでは寒さで赤くなっていた頬だが、今はもう熱が集まって赤くなっているのが自覚できるぐらいだ。

「おっ、あそこ曲がったら目的地。」
「え!」
「やっぱ人多いみたいだなぁ。」
「そ、そこ…!」

ヒメコには目的地がデパートの方向だとわかったときから、心当たりはあった。
ただ、ボッスンがそんなところに自分を連れていきたいと思うことはなさそうだと、期待は期待のままそっと秘めた。
でも…でも……

「どーだっヒメコ!イルミネーションだぞ!」

(なぁ、ボッスン。そんなことされたら期待してまうやん。)

「ヒメコ?」

目に飛び込んできたキラキラした世界に自惚れと一緒に溺れそうになる。
いや、もう早くも溺れているのかもしれない。
心配そうに覗き込もうとしてくるボッスンが愛おしくてたまらないのだから。

自然と頬が弛んでいくなかボッスンの目を見つめると、彼はほっとしたように目許を柔らかくした。
と思いきや、次の瞬間には得意気に笑った。
この大好きな表情に、一度は落ち着いたアタシの心臓はまたどんどんと高鳴る。

「…きれぇなぁ。」

照れくさくなってイルミネーションに視線を逃がすと、この広がる景色に溜め息を吐いた。

「よし、見て回ろうぜ!」
「おー!」

どちらからともなく繋がれたままの手をきゅっと握り直す。
そうして、ゆっくりと歩きだした。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ