with love

□その黒髪に触れて、
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えー…いきなりだが。
今俺は、ベル坊の絵本を買ってこいとゆうおふくろからの命により、普段なら絶対踏み入れない本屋のキッズコーナーを目指している。

しかし、その途中。

見慣れた黒髪が、目一杯の背伸びをして、高く高く手を伸ばしていた。
けれど、懸命に伸ばされた手は目的と思しきタイトルに触れそうで、触れない。
そして、ふるふると震える爪先が不安定で…つい、俺も手を伸ばしてしまった。

「これ?」
「あ、ありがとうござい…ま、」
「ん?いきなり固まってどした?」

まぁ、その不意打ち食らった!!て顔…嫌いじゃねぇーけど。

「男鹿!ななななんであんたが本屋なんかに!?」

それに、こうやって真っ赤になって慌てる様もそろそろ見慣れてきたかと思ったけど…不思議と、飽きねぇもんなんだなぁ。

しかも学校じゃないからか…
一生懸命に手を伸ばす姿を見たからか…


なんか、なんかこう……かかかかかわ、かわいい…と、思っちゃったんですけど!!!!


………ふぅ〜…落ち着け、俺。
邦枝がキョトンとしてるぞ。早く、早くまともな返しを…!

「俺だって本ぐらい読むぞ、なぁベル坊?」
「ダッ!」
「そ、それもそうよね。」

ベル坊にも振ることで、いつもの感じを取り戻そうと試みる。
…ちなみに、漫画しか読まないことは隠しておいた。なんとなく。バレてる気もするが。

「ところで、お前料理するのか?」
「は!?」
「いや、その本…。」

邦枝が大事そうに胸に抱えている、さっき俺が取った本を指して聞いてみた。
確かタイトルは『ニンジンとピーマンをおいしく食べる66のレシピ』だったはず。

「あ、えとまぁ…その、少しは。」
「へぇ〜すげぇな。」
「お弁当作ったり、休日にご飯作ったりするだけよ?」
「天才か!ヒルダは食えるモン作らねぇから、いっつも俺もこいつも死にかけるんだ。」

大変だよなぁとベル坊と頷き合っていたら、拗ねた声色が耳に届く。

「…胃袋が鍛えられていいんじゃないかしら。」

…あれ?
邦枝さん、なぜそっぽを向いてしまうのですか?

「し、食材が魔界産でさ…。」
「珍しいものが食べられるのね。」
「味も洗剤みたいなんでてきたり…。」「へぇ〜すごいのね。」

どれだけヒルダのメシが酷いか話しても、邦枝はそっぽを向いたまま、こっちを見もしない。

「………怒ってま、す?」
「どうして?」
「…こっち、見てくんねぇし。」

そう言ったら、一瞬俺を見て、また反らした。
そして、

「別に、怒ってなんかないわ…ただ、ちょっと……悔しいなって思っただけ。」

唇を少し突きだして、恥ずかしそうにこう言う。


…すみません、今度こそどうしようもなく可愛いこいつを抱き締めていいですか?


誰に許しを乞うわけでもなく心の内でそっと呟き、手を伸ばして…。

「きゃっ男鹿!?」
「今度、俺の分のべんとーも作って。」
「わ、わかった。」
「俺の好物はコロッケです。」
「お、覚えた。」
「よろしくお願いします。」
「お願い、されました。」

くしゃくしゃくしゃと、照れ隠しも込めてひたすら頭を撫で続けていた手を離す。

目が合って、ちょっと照れる。
こいつも、俺と同じ理由でそうだったらいいのに。



…もちろん、抱き締めたいって思ったのは嘘じゃない。
嘘じゃないが、情けないことに…今の俺には艶やかな黒髪に触れるだけで精一杯だった。


fin.

それほどに、お前が恋しい



+星川様へ!



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