企画
□待っててあげても良かったのにね
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「だから伊月とお前が付き合い始めたって知った時、素直に良かったなって思った。何て言うか、日向にじゃなくて、伊月に対してそう思ったよ」
「何だそりゃ。……お前俺じゃなくて、伊月が好きだったんじゃねぇの?」
揶揄する様な日向の言葉に、木吉は目を丸くする。
「……かもしれない」
呟く様な木吉の科白に日向は溜息が漏れる。木吉の顔は真剣そのものだった。そしてそのまま日向を見つめ、口を開く。
「けど……」
「ん?」
「たぶん日向も俺に本気じゃなかったと思う」
「なっ!?」
日向は頬に血が昇るのを感じた。そのまま何かを言おうとしたが、木吉がそれを遮る様に手を挙げる。
「だからお互い一歩を踏み出さなかったんじゃないかな。何かしらの感情の延長線だったんだと思う。それを俺達は無自覚に理解してたんだよ」
そうかもしれない、と日向は思った。だから自分達はあんなに中途半端だったのだろうと。
だが、だからと言って、あの時の想いを全て否定しようとは思わなかった。
それでも決着はつけなければならない。
あの時よりも遙かに大切に想う相手がいるのだから。
日向は深い溜息を落とす。
「本当は待つつもりでいたんだ」
ぽつりと日向は呟いた。
何が、と木吉は訊かなかった。わかっているのだろう。ただ静かに日向の言葉に耳を傾けている。
「俺自身の事だから、とお前は言ったからな。だったら俺の好きにさせて貰うつもりだった。試合に勝ち進んで、I・H優勝して、お前を待つつもりだった」
結局はボロ負けしたけどな、と自嘲気味に笑う日向。
「バスケが嫌いになって辞めそうになった時とかさ、何で木吉が居ないんだろうって思った。お前に依存してたんだな。喪失感でいっぱいでさ……。そん時ふと伊月に気付いたんだ」
日向は嬉しそうに目を細める。
「あいついつも俺の隣で支えててくれてさ。立ち直った時も、その後もいつも俺を支えててくれた。自分の事でいっぱいのハズなのに俺の事支え続けてくれて。――嬉しかった」
「うん」
木吉も目を細め、相槌を打つ。
「いつも俺の傍にいてくれて、それに気付いた時さ……俺いつの間にかあいつに惚れてた。我ながら現金だよな」
「そうかな?」
「そうだろ? ――でも多分揺らがない。例え相手がお前でもな。それ位今は伊月が大事だ」
「ははっ。そりゃそうだろ」
木吉は当然だと言う様に笑う。そしてコーヒーを一口飲みしみじみと呟いた。
「きっとこれが本来在るべきの自然の状態なんだよ」
俺達青かったな、と木吉は笑ってみせた。
その科白にむっとするものを日向は感じた。
あの頃の時間をやり直そうとは思わないが、全てが気のせいだったと言われている様で腹が立つ。しかし日向もどこかで納得している部分がある。何も言えず黙り込むしかなかった。
「しかし、ちょっと勿体無かったかな……」
木吉は真剣な顔で日向を見た。
「あの時、待っていてくれって言ってたら、日向待っててくれたかもしれないんだな」
冗談とも残念がっているともつかない声音で発せられた木吉の言葉に、日向は顔をしかめる。
「ダアホ。心にもねぇ事言ってんじゃねぇよ!」
「そんな事ないけどなぁ」
「だったら悪ぃけどそれはねぇよ。どっちにしろ伊月に惚れてると思うからな」
ふん、と鼻を鳴らし、言いきる日向に木吉は苦笑した。
残念だ、と呟きコーヒーを一気に煽る。
「じゃあやっぱりこれが自然なんだな」
木吉は寂し気に呟いた。
あの時の、1年前に病院で見たものとは少し違う寂し気な笑顔を浮かべる木吉。違うと感じるのはきっとお互いの腹の内を曝し、すっきりしたからだろう。感情の整理が出来ているのだ。
だろうな、と返す日向。
きっとここからが本当の分岐なのだ。
そして前に進む事が出来る。――本当の意味での前進が。
それでもきっと忘れないだろうと日向は思う。
あの時の切ない感情を。
あの時の木吉の寂し気な顔を。
今日の木吉との対話を。
まだしばらくはお互いの内にくすぶるものはあるだろう。だがそれもじきに消える。
日向には伊月が居る。木吉はブランクを埋める為に練習に打ち込み、それどころではなくなるだろう。もしかしたらいつの間にか監督とデキているかもしれない。当時から2人は仲が良かったのだから可能性は否定出来ない。
だから2度とこの話をする事はないだろう。
これからは、ただのバスケ部の主将と創立者であり部員の関係なのだ。
それ以上にも以下にもならない。
あれだけ胸の中でざわついていたものが、こんなにもあっさりと解消された。心が軽くなったと日 向は感じていた。
それは木吉も同じらしく、口元に笑みを浮かべている。
2人はもう言葉を交わす事はなかった。
日向はコーラを一気に飲み干し、これからの部活について考え始めた。
バスケ部にはまだ問題が山積みなのだ。
おわり
→お粗末様でした