企画
□先輩不足が深刻です
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その日の講義は全て終わり、部活に行く準備をしながら笠松は自身の携帯に目をやる。メール着信があり、確認をしてみると、かつての後輩からのものだった。
何事だろうかと文面を読み、その内容に思わずため息がもれる。
「何やってんだ、あいつ」
ひたいに手を当て、呆れながらもメールの返信をし、彼は体育館へと向かった。
先輩不足が深刻です
「なぁ黄瀬…。その、大丈夫か?」
「えー? 何がっスか?」
「何がって、お前…」
放課後、海常高校の体育館で本日何度目か知れない会話がされていた。
その中心にいる人物――黄瀬涼太の様子が、ここ数ヶ月おかしいからだ。
新年度を迎え、黄瀬ももう2年生になった。必然的にバスケ部には新入部員もいる。
最初のうちは、後輩の面倒を見たりと、慣れない事からくる疲労かと思っていた。けれど、もうなれてもいい時期のはずなのに黄瀬の様子はおかしいままだ。モデル業が忙しいのかもしれないと思ったが、それはずっと以前からやっている仕事なのだから今さらだ。違うだろう。
新入部員にしてみれは、なぜ先輩達がこうまで黄瀬を気にかけるかが不思議である。
彼らの入部当初から黄瀬はどこか遠くを見るような涼やかな瞳の持ち主で、物静かでクールな存在だ。
それでも、ミニゲームや練習試合では、さすがエース“キセキ”と云われていただけあって、自分達とはレベルの違うプレーを見せてくれる。
モデルとしても活躍していて、さらにバスケも巧いのだから女子に人気があるのも納得せざるを得ない。
かっこよくて、遠くを見つめる様な瞳は未来を見据えている様で、物静かな佇まいに加えプレーは情熱的で。
そんな黄瀬を、多少のひがみはあれど、憧れこそすれ、先輩達の様に様子がおかしいと気にかける者はいなかった。
だが2、3年生達は去年の黄瀬を知っている。1年生達が思う様なかっこいいものじゃない事を知っている。そんなものは幻想だと知っている。
遠くを見ているとはつまり、心ここに非ずなだけだ。物静かでクールなんてのも、ただ意気消沈していておとなしいだけだ。
もっとおしゃべりで、落ち着きがなくて、ナマイキで……。
そんな姿を知っているからこそ、今の黄瀬の状態を気にかけるのだ。
あまりにもおとなしすぎて気持ちが悪い。2、3年生達の目にはふぬけたとした言い様がないその姿を、新入生達の前でして欲しくはないと原因を探るが、当の黄瀬本人は何でもないと言う。
正直お手上げだ。どこをどう手を出せば以前の黄瀬に戻るのかわからない。
確かに1年生達の言う通り、試合ともなれば黄瀬はその高い能力を見せてくれる。
だがそれは現時点での話だ。これからどうなるかはわからない。もしかしたら気付かないくらいの、ごくわずかな影響が出ているかもしれない。
もしそうだとしたら厄介だ。顕在化する前に早急に手を打ち、歪みを正しておかなければならない。
I・H本番は目前なのだ。
ああでも本当にどうしたらいいのだろうか。
誰もどうにも出来なくて、常に平行線を辿ってしまう黄瀬とのやり取りに、さすがに疲れてきている。
――こんな時、センパイ達だったらきっと上手く出来るだろうに……。
思わず昨年自分達をひっぱってくれた笠松を始めとする先輩達に思いを馳せたその時だった。
「笠松センパイと連絡とれたぞ! 近いうちに様子見に来るって!」
突如体育館に現れた3年生の発した言葉に、その場にいた1年生以外の部員全員が歓声を上げた。そしてその中に1人、過剰な反応を見せる者がいた。
「かかか笠松センパイが来るんスか? 何で? いつ? あ、近いうちに来るって言ってたっスね、そう言えば。あーどうしよう! オレどうしよう!」
「お、落ち着け黄瀬。どうもしなくていいから」
今まで見た事の無い黄瀬の反応に、今度は1年生達が驚き動揺する。
(あのどこまでもかっこいい黄瀬センパイがあんなに取り乱すなんて……)
(笠松センパイってそんなに怖い人なのかな?)
バスケ雑誌や試合データでしか知らない笠松に恐怖を覚えた。
しかし2、3年生達は違う。黄瀬の瞳に輝きが戻るのを見逃さなかった。そして思う。こいつはまさか、と。
「取り敢えず、笠松センパイいつ来るかわかんねぇけど、情けねぇ姿は見せねぇ様にしろよ?」
「ハイっス!」
久方ぶりの腹立たしい程のイケメンの輝いた笑顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
それからの黄瀬は、目にも明らかな程、生き生きとした様子で練習に励んでいた。
1年生達は驚き、2、3年生達は満足気にそれを見ていた。
そしてその日がやってきた。
ふと黄瀬が動物の様に空気のニオイを嗅ぐ様な仕草をした。そしてポツリとつぶやく。
「きた……!」
「は? 何してんだ黄瀬?」
「笠松センパイが来たんスよ! キャーやっと逢えるっス!」
そして黄瀬は体育館の出入口に向かって走り出す。と同時にその扉は開かれた。
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