企画

□待っててあげても良かったのにね
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 待っててあげても良かったのにね



 波乱含みの部活が終わり、各々が帰宅する中、周りとは違う雰囲気の2つの影が並んで歩いている。
 1つはその部活の主将、日向順平。
 もう1つは波乱の渦中にあった、木吉鉄平である。
 ある事情から入院とリハビリ生活を余儀無くされ、約1年振りの復帰を果たした木吉は、早々に1年レギュラー火神大我とスタメンを賭けたタイマン勝負をした。
 結果、木吉は負けてしまったが、どうやら思惑は別にあるらしい。
 呆れた日向だが、黒子や火神の現状を理解し、木吉なりの先輩としての在り方を聞き、ふと胸がざわついた。
 あまりの理解度の高さに多少むっとするのを感じ、思わず先程“退院祝い”と称し渡したコーヒーを、返せ、と言ったが、ざわつくのはそのせいじゃない。
 理由はわかっている。
 思い出すつもりのなかった感覚。
 久しぶりに2人きりになり、それを自覚した事で自然と心が反応したのだろうか?
 自身の動揺を気取られない様に、木吉に渡したコーヒーと一緒に買ったコーラを口に運ぶ日向。
 だがそれは叶わぬ願いだった。

「リコから聞いて知ってたけどさ。思ってた以上に伊月と仲が良いな。良かったよ」
「ああっ!?」

 突然呟かれた木吉の科白に、思わず口にしていたコーラを吹き出す日向。
 激しく咳き込み隣にいる木吉を睨みつける。

「今、黒子達の話してたよなぁ? 何でそこで伊月がでてくんだ」
「ん? いや特に意味はないけど。何となく?」
「お前ホントそれ返せ!」

 ドキリとした。
 先程まで火神と黒子の話をしていた。それも先輩としての立場で至極真面目に。それなのに急に伊月の話になるのはおかしいだろう。――それとも自分の動揺を見抜かれたのだろうか?
 日向は再度コーヒーの返却を求め、顔をしかめる。
 木吉にこの話題に触れて欲しくないのだ。

「伊月、1年の頃から日向に気があったからな。ずっとお前ばっか見てたの知ってたから、お前と伊月が付き合い始めたって聞いた時、良かったなぁって思った」
「お前それイヤミか?」

 懐かしそうに目を細める木吉に、日向は険の籠もった目つきで見た。
 睨むなよ、と困ったふうに笑う木吉は、瞬間真剣な表情になる。その様に気圧されつつも、日向は厳しい視線を向けたままだ。

「そんな事はないよ」

 木吉は口元だけで笑む。
 どうだか、と日向は胡散臭げに呟いた。



 日向にとって木吉は恩人だ。
 確かにイラつく時もあるが、間違いなく感謝している。
 そしてそんな木吉に、それ以上の感情を持った時期があった。
 日向は木吉に好意を持っていたのだ。
 感謝、羨望、期待、憧憬……。
 勿論、劣等感も持っていた。嫉妬もあった。それでも、それら全ての感情をもって、木吉を求めていたのだ。
 年頃にありがちな、履き違えた感情だったのかもしれない。
 けれども確かな想いはあった。拙く、淡い想いはあったのだ。
 そしてそれは木吉も同じだった。
 木吉も日向に想いを寄せていた。お互い言葉にせずとも何となく感じ取っていた。少なくとも日向はそう思っている。
 しかしそれは木吉の入院騒ぎで途切れてしまった。
 木吉の見舞いに行った時、日向は言われたのだ。

 ――俺の事は待たなくていいよ。先に進んでくれ。

 それはバスケの事を言っているのだろう。しかし日向は、自身との事も言っているのだと感じた。
 日向自身の事なんだから、とどこか寂しげに呟いた木吉の顔を見て、それは確信へと変わった。
 日向は茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。それでも拳を握り締め、やっとの思いで言葉を絞り出した。
 バスケ部にはお前が必要だと。
 だからさっさと治して戻ってこいと。
 日向はバスケ部の主将としての言葉しか言えなかった。
 何故か日向自身の“待っている”という気持ちを伝える事は出来なかった。
 不思議と涙も出なかった。



「なぁ木吉、俺さ……」
「ん?」
「お前が好きだったよ」

 どこか遠くを見つめたままの日向は、僅かの逡巡の後、静かに想いを伝えた。

「知っていたよ」

 木吉は優しく微笑っていた。

「それに俺もだよ。知ってただろ?」
「ああ……」

 それなのに伊月との事を良かったと笑って言う木吉を、日向は不思議そうに見やる。木吉は日向の疑問を感じ取ったのだろう。笑みを深くした。

「伊月の反応がさ、面白かったんだ」
「は?」
「日向と話したりとかさ、他愛もないやり取りをしてる時、伊月よく俺を睨む様に見てた。切なそうにお前を見てたよ」

 木吉の思いがけない科白に、日向は驚きで目を見開く。

「何かさ、それが面白くてよくお前にちょっかい出してた」
「……最悪だな、お前」

 呆れた様に呟く日向に、木吉は尚も笑ってみせた。


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