文伊祭り

□男子の沽券
2ページ/3ページ

文次郎の汲んだ井戸水を手桶に移し替え、伊作は顔を洗う。

井戸の隣に作られた、用具委員会お手製の棚には、手ぬぐいと軟膏、剃刀が置かれる。

「伊作よ、おまえに剃刀は必要か」

「ぶはっ。ぼくだって髭ぐらい生えますよっ」

聞き捨てなりませんな!と濡れた顔を上げる伊作の口元に、色濃い影は無い。

対する文次郎の口周りには、薄墨のような陰りがある。

文次郎とて、まだ髭が濃いというわけではないが、それでも髭だと解る形状で、剃らないと見苦しくなる。

「つるっとした顔して、何言ってやがる」

「ちょっと自分が男らしさに溢れてるからって、いい気にならないでよね」

じとっとにらまれる。

「いい気になってねぇよ。事実を指摘しただけだろうが」

「じゃあ、視力がおちた」

「ああ?」

「よく見なよ。ほらっ」

むっと突き出した唇と一緒に、顎も出される。

「どれ」

頤をつかんでじっくりと眺めるが、ぽやぽやとした産毛のようなものしか見えない。

「この産毛が、とか言わねぇよな」

「んなっ。産毛っ。産毛ですとぉぉぉ」

つんつんと産毛をひっぱると、伊作はむきーと歯を剥いた。
「毎日剃る必要はあんのか」

「う、そりゃ……。一週間ぐらい」

「一週間?」

伊作が髭だと言い張る産毛を、中指と薬指の腹で擦る。

「……にしゅうかん」

「産毛だろ、そりゃ」

「こういうのには個人差があるんだよ! 文次郎だって、毎日剃るわけじゃないだろっ」

「まぁ、そうだが」

今はまだ、二三日に一度ですんでいるが、そのうち毎朝あたるようになるだろう。

すこし面倒くさいな、と思わなくもない。

いずれ忍になったとき、潜伏中で身づくろいが出来ない場合とか。

「このぐらいの方がいいかもなぁ」

伊作の顎を擦りながら、しみじみ呟くと、伊作の顔が赤くなってくる。

「ちょっと! 腹が立つんですけどこの人!」

小平太、長次、何か言ってやって!

身づくろいを終えた二人に、伊作がかみつく。

「なんかって、わたし達ももんじと似たもんだし」

「……気にするな、伊作」

「つか、そんな拘ることじゃねぇだろ」

なんでムキになるのか解らねぇと言うと、伊作の目が据わった。

「文次郎の髭なんて、伸びて伸びて止まらなくなればいい」

「笑顔!? 怖ぇんですけど」
 
「しばらく口にするものにビクビクするがいいよ!」

「なに呪い?」


顔を洗いに集まってきた、忍たまが遠巻きにして近寄れない。



「ねぇ、二人とも。ご飯食べにいこうよ」

すっかり飽いた小平太が呼びかけるが、白熱する二人は収まらない。

「……先に行っていよう、小平太」

長次が見捨てることを提案し、小平太もそうだねと立ち上がる。

「いさっくん、なんであんなに怒ってんの」

「……怒っていない。ちょっと、自尊心がうずくんだろう」

「ふぅん。なんか、めずらしいな。いさっくんのそういうの」

「……年頃だ」

「そっか。年頃か」

よく解らんが、それじゃあ仕方がないな。

一応納得した小平太は、あとは忘れて朝食に心を馳せた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ