文伊祭り

□汀優る
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きょとん、とした貌の幼子が、彼の腕に収まっていたことを思い出す。

まだそれほどたくましくは無かったけれども、
よほど安心できる場所であるのか、
子供はほにゃらと笑って、彼の肩にぐりぐりと顔をすりつけていた。

となりで、腕のなかの子供より年長の子供が、
すこしふくれっ面で、ちらちら何度も見ていたのは、羨ましかったからなのだろう。

造られる過渡で幼さの残る体の、
それでも委ねたらば無情の安寧を約束するかのような彼は、
もう一つ二つ年を経たならば、どれだけの安らぎをくれるものなのかと、
なんとなくその腕の居心地を知りたくなったのが、彼を恋うようになったきっかけなのかも知れなかった。

とはいっても、どれが始まりの感情であったか曖昧だ。
腕の中を想うようになったから彼をなのか、それ以前に彼を想うようになったから知りたくなったのか。


さて、いま伊作の目の前には、彼の腕と胸板がある。
試してみるべきなのだろうか。

「おい。伊作さんよ」

「あ、うん。なに文次郎」

「いつまで俺は視姦されていればいいんだ」

乳首たってきた、と言う文次郎はもろ肌脱いだ上半身を、外気にさらし続けて大分たつ。

「あ、ごめん! ぼーっとしてた」

あわてて伊作は、油紙の上に包帯を巻いてゆく。
文次郎は左の上腕を、すっぱりと切っていた。それはきれいな切り口なので、すぐに塞がるだろう。
安静にしていれば。
そのほかには、背中の打撲。掠り傷。

「おいおい。大丈夫かよ。具合でも悪りぃのか」

たとえ自分が瀕死の状態でも、
他人の治療のためならば甦ると言われている伊作が、
手当て中に気もそぞろなど、変異の前触れと訝しがられても仕方がない。

「あー、はは。ごめん。なんでもないんだ。はい、終わり」

「おう。ありがとな」

「どういたしまして。無駄だと思うけれど、言っておくね。二三日、左腕に負荷をかけないこと。安静にしなさい」

「心がける」

「本当にそうして欲しいよ」

よくて一日だよね。
文次郎の気性をよく解っている身としては、言っておくだけしかできない。

背中の細々とした怪我にいたっては、自然治癒に任せるというので、軟膏すら塗らせてもらっていない。
なんでもかんでも薬に頼るのは伊作としても最上と考えていないので、
それは諾としたのだが、安静にしていられないなら話は別だ。
わざとらしく不満を口の中で呟きながら、伊作は血止め粉やら軟膏やらを片づける。

肩衣と上着を着直して、袴の紐を締め直した文次郎は、出ていくかと思いきや、また座り直した。

「? もう治療はおわったよ」

注意事項もさっきのだけ、と言って油紙をまとめて箱に仕舞い、唐鋏を道具立てに戻す。

「あー、んー」

文次郎は歯切れも悪く、もそもそと体を揺する。何だか言いにくいことでもあるのか。

「なに? もしかして腹具合でも良くないの」

「ちっげーよっ」

お前はすべて腹具合で計ってんのかと、文次郎は歯を鳴らす。
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