文伊祭り

□くすぐったい
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「もーんじろぉ」

昼飯時。

食堂はごった返している。

きゃいきゃいと笑う一年生の甲高い声をぬって、ふにゃらとした声が文次郎を呼んだ。

「へタレた声をだすな、伊作」

食卓にへばりついている伊作は、薄汚れていてボロッちい。

「ちょっとぐらい、ヘタレさせて……」

めずらしくへこたれている伊作に、文次郎は内心焦るが、そんなことはおくびにも出さない。
昼食の膳を、伊作の向かいに置いて、自分も落ち着く。

「うふふ」

なんだか知らないが、嬉しそうに笑ったので、少しは気分が上がったのかとほっとする。

「飯はもう済んだのか」

膳に合掌しながら、まだなら取ってきてやろうかと、らしくないことを思う。

「うん。うどん食べた」

「足しにもならねぇな。食い終わったんなら、さっさとのけろ。邪魔になんだろ」

「えー、もうちょっと」

「食満の野郎はどうしたよ」

「留三郎? なんか作業があるって、かっこんで行っちゃた」

午後から暗器の訓練だから、その用意かも。

「実践演習か。シャキッとしねぇとけがするぞ」

「んー」

「なんだよ。……らしく、」

伊作に向って、らしくないと言うことがはばかられた。
何でだ。別に大したことじゃねぇだろう。
文次郎は自問する。

こいつが、いつもの調子で無いから、自分の調子も狂ったのだろうか。

文次郎が認識する、善法寺伊作という男は、まったくの根明で、神経が無いのではと思えるほどに図太い。

蹴躓こうが、ぶつかろうが、落下物に落ち合おうが、ころげ落ちようが、あははと笑って這い上がってくる。

はじめは、雑で注意力が散漫なのかと思っていたのだが、そういうわけでもなく、きちんとした下準備と手順を踏む。

そういう伊作を見てきて、こいつは本当に不運なのだなと納得したのが四年の時だ。

あのときは、さすがの文次郎も、伊作には親切にしてやろうと思った。
一瞬だけだが。

何事も無かったかのように笑いかけられ、こいつに同情は無用なのだと知った。

文次郎のスタンスは変わらず、伊作をヘタレと罵ることだ。
彼への認識が変わったことなど、自分が知っていれば充分だ。
そう、善法寺伊作という男の強靭さに、一目置いていることなど。

「そうか」

「へ?なに」

「なんでもねぇ」

らしくない、と言いづらかったのは、自分の伊作像が良いものだと知られるのが、恥ずかしかったからだ。

「修養がなってねぇ」

「ええっ。なに急に! ひどいよー。そりゃぼくはヘタレだけどっ」

「俺の話だ。お前はヘタレじゃねぇよ」

片付いた膳に合掌して、顔を上げると、伊作がぽかんとしている。

「間抜け面だな」

「文次郎。持ち上げたり、落としたりいそがしいねっ。どうしたのさ。なんか変だよ」

調子が悪いなら言って、という伊作の顔はきりりとし、いつもの保健委員長の顔だ。

それに嬉しくなって、文次郎はふ、と笑う。

「…………も、もんじろ?」

伊作の目の縁が、赤く染まった。
恥じらっているような、途方に暮れたような、よくわからない表情をしている。

変な顔だな。まあこいつは大抵おかしな顔をしているが。
黙っていれば女が好みそうな、爽やかできりっとした顔をしているのに、豊かで隠すことがない感情が、ゆれる水面を反射する光のように、くるくる、くるくるとその面を変え続ける。

「俺は次が山駆けだからもう行く。お前は充分注意しろよ」

「う、うん。うんっ」

余計なことを言ったと気恥ずかしくなり、文次郎は大股に食堂を横切る。

うしろから聞こえる「よぉし、がんばるぞ」という伊作の声に押され、文次郎も心軽やかに食堂を後にした。



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