文伊祭り
□男子の沽券
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稜線が白むころ。
上級生の中でも、特に自己鍛錬に熱心な生徒らが、夜通しの訓練を終えて、ちらほらと長屋に戻りだす。
「文次郎! 朝めし行かないの?」
鍛練仲間である小平太に声を掛けられて、
長屋に足を向けていた文次郎は、振り返る。
「おう。池に入ったからな。ちっと着替えてから行くわ」
ひら、と手を振れば「あ、私もだった」と小平太が続く。
長屋に戻り、小平太が鍛錬に出なかった同室の長次に声をかけ、着替えを取ってもらうのに便乗して、自分の着替えも取ってきてもらう。
文次郎の同室者である仙蔵は、決して不親切な男ではないのだが、その親切心の八割は、文次郎以外の人間に向けられるものだ。
そして非常に気分屋なので頼みにくい。
着替えを受け取った文次郎と小平太に、長次も身づくろいすると、井戸まで付いてくる。
上級生用の井戸にて、釣瓶をおとす。
汲み上げられた、井戸水は澄んでいる。鏡のように、己の顔と空が映った。
初夏とはいえ、外で素肌をさらすモノ好きは、文次郎と一緒に鍛練をしていた小平太ぐらいのものだ。
二人は池の生臭さを落とすのに、拭くのが面倒とばかりに、頭から水をかぶる。
「……冷たかろう」
「へーきっ!ずっと走ってたから熱いぐらいだ」
「だな」
冷たい水が気持ちいいと、二人で笑う。
おざなりに体を拭いて、庭木の陰で新しい褌を締め直す。
「小平太、おまえは少し周りを気にしろ」
同じく褌を締め直している小平太は、誰はばかることなく、井戸の前で全裸を曝していた。
「なんで。誰もいないじゃん」
「俺らが居るだろうが。ばかたれ」
「六年間見てるし、今さらだと思うぞ」
「ここが風呂なら俺も気にしねえよ。なぁ、長次」
「もそ」
「えー、そっかぁ?」
そうかなぁと言いながら、小平太は隠すそぶりも見せない。
おおらかに褌を締めて、肩衣をはおった。
「外で見ると間抜けな格好だよね」
「まったくだな。さっさと着換えろ」
自分は上着を着ず肩衣に袴を穿いて、文次郎は濡れた髪をがしがしと拭った。
桶の水を鏡に、ついついと器用に髭をあたっていた長次は終えて、小平太を手招く。
素直に近寄った小平太は、大人しく髭をあたられている。
日が昇るにつれて、長屋が活気づいてきた。
もうすぐ井戸に人が集ってくるだろう。
さっさと退散するか。
小平太が終わったら剃刀を借りようと、文次郎はあくびをかみ殺す。
「文次郎、おはよう」
ふらふらと、同窓の伊作がやってきた。
「おう、おはようさん。なんだ、寝てねぇのか」
「うん……。ちょっとねぇ。あ、長次、こへ。おはよう」
「おー。おはよう、いさっくん」
「……おはよう」
釣瓶を取る伊作に場所を譲ろうと、体をずらすが、思い直して代りに水を汲んでやる。
「どしたの文次郎。親切だね」
「ふらふらして、井戸に落ちられたらめんどうだからな」
「そんな間抜けじゃないよ、ぼく!」
「どうだかな」