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□ぎりぎり及第点
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微睡みの中に、柔らかな暖かさが降ってくる。それは幾度も幾度も私を捉え、離れてはまたやってくる。
額、瞼、鼻の上や頬、耳たぶから首筋まで、順々に辿っていったそれは、最後に少し長めに、唇に降りて離れた。
「、ん……」
「っと…起きちまったか」
くっついていた瞼をなんとかこじ開けると、焦点の合わない視界でぼんやりと見える穏やかに細められた深緑の瞳。グレ−の髪がふわりと揺れたのが見えて、だんだんと思考も覚醒してくる。
「かずき、さん……」
「ん?」
そっと名前を呟けば、緩やかな低音が鼓膜を叩く。ああ、一樹さんのこの声、好きだなぁ。
私の髪を優しく梳くように撫でる大きな手の感触にまた微睡みがやってくる。気持ち、いい……。
「おーい、寝るなよ。もう朝だぞ?」
「んん、もうちょっと…」
珍しく私より先に一樹さんが起きているということは、きっとまだ少し早い時間だろう。彼が早起きした日は、大抵そうだから。
そう思って、すぐそこにある温もりに擦り寄る。適当にパジャマを掴んでぎゅう、と抱きついてみたら、頭の上で一樹さんが息を飲む気配がした。
「お、まえなぁ……(寝起きだからってこれは、)(反則じゃないか?)」
「や、です…もうちょっと寝たいんです……」
呆れたような一樹さんの声に、寝ぼけ半分の私はますますぎゅうぎゅうと抱きついてしまう。だって、一樹さんにくっついてるとあったかい……。
ふぅ。
頭上からため息が聞こえたかと思うと、視界が一気に反転。あ、れ?
「かず、きさ…?」
「んー?」
見上げた先には、一樹さんのそれはそれは楽しそうな笑顔と、その奥にある最近やっと見慣れてきた天井。背中には柔らかいシーツの感触。顔の横には一樹さんの逞しい腕。
えーと、つまり……?
「……おはようございます」
「おー、起きたばっかで悪いな。ちょっと付き合え」
「何馬鹿なこと言ってるんですか!」
至極にこやかに告げられた言葉に一気に覚醒。速やかに脱出を謀るも、男の人である一樹さんに勝てるはずもなく、抵抗虚しく耳元で一樹さんの声が響いた。
「馬鹿?俺を煽ったお前がそれを言うか」
「煽った覚えはありません!朝っぱらから我慢ができなさすぎです!」
「新婚で、しかも朝から、奥さんのあんな可愛いとこ見せられて我慢できる奴は男じゃないな」
「可愛いとこなんて……っん!」
とにかく必死で回避する方法を考えてひたすら抗議していたら、もう黙れと言わんばかりに一樹さんの薄い唇が私のそれを柔らかく塞いだ。
付き合いはじめからずっと思っていたけれど、一樹さんはキスが上手い。他の人がどうなのかなんて知らないけど、でも、絶対だと言い切れる自信がある。緩く食まれた唇は熱く、離れた一瞬に零れる吐息は艶やかで。深いものでもないのに、私はすぐに息も絶え絶え。やっと唇が解放される頃には、身体中の骨が溶けちゃったんじゃないかってくらい、力も入らずヘトヘトだった。
「はっ、……かず、き、さ…」
「、ん……ほら、もう力入らないだろ?お前はホント、俺のキスに弱いよな」
くつくつと意地悪く笑った一樹さんはそのまま、するりと首筋を撫で上げる。びくりと跳ね上がった肩に可笑しそうに笑いながら、一樹さんの唇が首筋に降る……
ぴんぽーん
「……」
「…か、一樹さん、誰か来ました…」
「………」
ぴんぽんぴんぽーん
「あの、退いてください…」
「……」
ぴんぽんぴんぽーん
不知火さーん、いないんですかー?
「ほら、お隣さん」
「……、ちっ」
小さく舌打ちした一樹さんは恨めしげに玄関の方向を睨んだまま、渋々私を解放した。
いつもはお節介気味で苦手なお隣さんだけど、今日この瞬間は物凄く感謝したい。ありがとうごさいます。
「はーい、今出ますー!」
流したままだった髪を手早くまとめ、パジャマの上からカーディガンを羽織る。そのまま寝室を出ようとして、ふと足を止めた。
振り向くと、未だベッドの上にいる一樹さんがつまらなさそうにこちらを見ている。
「……拗ねないでください」
「べっつに、拗ねてねぇよ」
むすっ、て唇を尖らせた一樹さんがやけに子供っぽく見える。さっきまでの大人な一樹さんとのギャップが可愛くて、思わずくすり、と笑ってしまった。
「一樹さん」
「なん、」
だよ、と続くはずだったのだろう一樹さんの声は、けれど最後までは紡がれずに消えた。
重ねた唇をゆっくり離すと、ぽかんとした一樹さんに愛しさが溢れる、零れる。
「すぐ帰ってきます。そしたら、朝ご飯にしましょう」
ね?と笑って一樹さんの瞳を覗き込めば、苦笑した一樹さんがそっと呟いた。
ぎりぎり及第点
(戻ってきたら、なぁ)(朝飯の前にもう一度)
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『相思相愛』さまに提出させていただきました。旦那ぬいぬいはフライングなので書くのが難しかったのですが、お気に召していただければ幸いです。
ありがとうごさいました!
白烏
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