フライハイト

□5話
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「…じゃあ、ここ。ばーんてしていいの?」

「は、はい。お願いします」


人気のない廃屋。それに似つかわしくない可愛らしい少女の声と壮年の男性の声。部屋の中に漂う腐臭に、男性は口と鼻を手で覆っている。


「うん、分かった」


少女の廃屋の入り口付近に控えていたイシツブテが少女に近づく。
丁度部屋の中央に辿り着いたイシツブテの側に、少女は小型の無線機を置いた。安物の粗悪品だ。無線機を通す声はノイズが必ずといっていいほど混ざる。

少女は、部屋の端のベッドに寝かせられているそれを見つめた。
腐臭の原因。放置されてどの位の時間が経ったのだろう。
男性がとうとう臭いに耐えきれずに外へ飛び出した。開け放たれた扉へ少女も歩き出す。

途中、未だ部屋の中心に佇むイシツブテの横を通り過ぎた。
少女はイシツブテに目もくれず、イシツブテだけが少女の後ろ姿を目に焼き付けるように見つめていた。

そして、扉が閉まりイシツブテは薄暗い部屋に取り残された。腐臭を放つ、かつては人間であったそれと共に。


男性は廃屋のすぐ傍で吐き気を堪えていた。息苦しさに涙目になり、えずく声が不規則に聞こえる。

少女は男性の隣で背中をさすった。


「危ないから、離れてね?」


男性はふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで廃屋から離れた。
少女もある程度廃屋から離れ、無線機を鞄から取り出した。それは、廃屋に置いてきたあの無線機と同型のものだ。


「聞こえる?」


雑音に混じり、イシツブテの鳴き声が聞こえた。それはどこか悲哀に満ちた声だ。

少女は鞄の中からボールを取り出し、放る。現れたのはメタグロス。少女は男性と共にメタグロスの上に乗り、空中へ浮かび上がる。

メタグロスは次第に遠くなる廃屋をじ、と見つめる。いや、正確にいえばその中にいるイシツブテをだ。

なにせ山奥にポツンとある建物だ。あっという間に木々に廃屋は埋もれていく。 十分距離を取ったと確信した少女は、その唇を無線機に近づける。


「イシツブテ」


少女は、告げた。







「だいばくはつ」







そして、


木々の隙間から、空に手を伸ばすように閃光が煌めいた。眩しすぎるほどの光だった。
男性がはっと振り返った瞬間。爆発音と共に廃屋と周りの木々が吹き飛んだ。砂塵が巻き起こり、廃屋を形作っていた木材の欠片が空中に舞い上がる。地面が衝撃で抉られたからか、木が次々崩れていく。
男性の耳鳴りが止まない内に、少女は口を開いた。少女の持っていた無線機からは、もはや何も聞こえなかった。


「…依頼、完了…だよね?
確認する?」

「い、いや、結構だ!報酬はどこかに着いたら支払う!」


男性は勢い良く頭を横に振った。
少女はあどけない顔のまま了承する。

メタグロスは未だ砂埃が吹きあがっている爆心地をしばし見つめた後、背を向け手近な場所に降下を開始していく。








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