フライハイト
□4話
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「密猟、ですか」
レーヴェはテーブルを挟んで対面に座る厳つい風貌の男性をしばし見つめ、呟いた。
憩いの調べの店員が注文していた2人分のコーヒーを運んでくる。
それを視界の端に捉えた時、男性は腫れぼったい目を細めた。
「あぁ、ヤグルマの森にいるヤナップ、ヒヤップ、バオップを捕まえてえんだ。
…まさか、無理ってんじゃねえだろうな」
「いいえ。…最近、ポケモンの密猟に関して大幅な法改正があったそうですね」
「あぁ、そうなんだよ。
捕まったら問答無用で懲役10年以上、珍しいポケモンの生息地には治安当局が直接介入してきやがるし…やりづらい事この上ねえ」
「オレの役目はポケモンの密猟、治安当局と鉢合わせになった場合相手をする、ということですか」
「そうだ。金は50万用意した。…信用していいんだろうな?」
ポケモンの密猟は以前から行われている事で別段驚きはしない。珍しいポケモンは高値で取引され、各地方の金持ち連中の元へ売り飛ばされる。
特にイッシュ地方のポケモンは他地方には生息しないポケモンが多く、密猟の件数が突出しているという現状だった。
「貴方が治安当局に拘束されたら報酬が頂けませんから。
こちらも生活と命がかかっていますので」
密猟の依頼は過去に何度か受けた事がある。
当時はまだ法改正が行われていなかった為、問題なく完遂出来た。しかし、今回は同じ様にこなせるとは思わない方がいいだろう。
「では、こちらが誓約書です。…分かっているとは思いますが、本名で署名して下さい」
「誓約書なんて書かせる気かよ」
レーヴェが差し出した紙を受け取り、男性は面倒くさげに顎に手を当てた。
実に気だるそうに、店員が運んできたコーヒーに口を付けながら誓約書に視線を注ぐ。が、その節ばった手から誓約書はスルッと滑り落ちた。
「めんどくせ。お前が口で言ってくれ」
レーヴェは動じずに了承した。
内心は呆れてはいるのだが、それを表情に出して男性を機嫌を損ねるのもややこしくなる。
「貴方に守って頂くことは4つ。
今回の依頼情報を警察等、オルクスを敵視している組織に流さない事。
依頼内容、そして個人情報に関して虚偽がないこと。
依頼遂行において、始末屋の妨害をしない事。
その他、始末屋を裏切る行為の全て。
これらのいずれかに抵触した場合、オレは貴方を文字通り始末しなければなりませんので心に留めておいて下さい」
「…おう」
始末。
レーヴェのような少年の言葉でも、それは男性を少なからず緊張させた。
細身、といえば聞こえがいいレーヴェの体型は男性から見れば細いというより、薄い。貧弱そのものでしかない。
しかし、妙な威圧感を感じるのは彼がオルクスの始末屋だからだろう。
目の前の少年は盗みも殺しも、依頼の名目で行った事があるはずだ。
そう考えると、恐怖に近い感情が沸々と湧き上がってくる。
いや、この始末屋が自分に刃を向けることはこの誓約を破らない限り、ない。こいつは味方だ。何を恐れる必要があるのか。
男性は誓約書の署名欄にゆっくりと己の名を記した。
「ほらよ」
レーヴェは男性がずいと突き出した誓約書を受け取った。
署名欄に書かれた男性の名をじっと見つめる。
「…サイ・アッカーソンさん。間違いないですか?」
「ああ、本名だ」
レーヴェは頷き、誓約書をしまった。
男性は飲み干し空になったカップをテーブルに置いた。
「…明日、午前1時にヤグルマの森だ。いいな」
「分かりました」
男は立ち上がり、店員に押し付けるように金を払い出て行った。
レーヴェは椅子に背中を預け、目を閉じた。
危なげなく依頼をこなすには治安当局と衝突しないのが最善ではある。
しかしレーヴェの耳に入ってくる情報では、治安当局は密猟者を徹底的に排除しようと躍起になっているらしい。
指定された時刻が深夜とはいえ、治安当局がヤグルマの森にいないわけはないだろう。
レーヴェは息を吐いて、目を開ける。
そして、少し温くなったコーヒーに口を付けた。