フライハイト

□1話
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運命とは、絶対不変だから運命なのだと誰かが言っていた。





「ハァ、ハァ…」


さして広くない部屋の中、男が青ざめた顔で後ずさった。
そこは男の寝室で、後ずさった拍子に膝の裏にベッドの縁が当たる。抵抗する術もなく、男は後ろに倒れベッドに背中から倒れ込んだ。

背後の薄いカーテンから漏れる月明かりが部屋を青白く照らす。
男が異様なまでに怯えている人物の顔が次第に露わになっていく。


「お、お前、俺を殺しに来たんだろ!?
誰だ、誰が…!」

「…自分が憎まれている事は、理解しているんだな」


男性特有の低いテノールとは対照的に、男を見下ろす人物の声はどこか幼さが抜けきらない少年の声だった。
およそ淡々とした口調に合わない声質で、アンバランスな印象を受ける。


「残念ながら依頼人の情報は教えられない。
大体、今知っても今更だろ?」

「…」

「さて…覚悟は出来たか?」


少年がゆっくりと歩み寄る。それに反応して、男は小さい悲鳴をあげてベッドの上を這いずった。
そしてベッドの横にあるキャビネットの上に置かれたモンスターボールを掴み取る。


「か、簡単に…死にたくねぇ…!」


男のモンスターボールが音を立てて開いた。
中から飛び出してきたのはレパルダス。
少年を見据えると、瞳孔を開き、毛を逆立てて威嚇する。

少年は小さな溜め息を1つつく。レパルダスは牙を剥き、少年へ飛びかかった。…が。


「…っ!?」


真っ直ぐ少年に飛びかかった筈のレパルダスの体が、急に真横に吹っ飛び壁に叩きつけられた。
男も、レパルダス自身も何があったのか理解できていないようだ。


「往生際が悪いな。いい加減受け入れろ」


男はようやく気づいた。少年の傍に、もう1人いることを。
レパルダスがふらふらと起き上がり、再び少年へ襲いかかった。少年の体に爪が届く瞬間、今度は床に叩きつけられた。

もがくレパルダスの首元を掴み、床に押しつけている存在。月の光を受け、鈍く光る体。
それがキリキザンだと理解することにそう時間はかからなかった。


「…ひ、」


少年がベッドの上に立った。ギシリ、とスプリングが音を立てて軋みをあげる。
男ははっとしたようにキャビネットを漁り、しまわれていた拳銃を取り出した。


「く、来るな!」


声を上擦らせながら、男は銃口を少年に向ける。銃口を向けられているというのに、少年は動揺した様子もなく笑んで見せた。


「手、震えてる。
それじゃ心臓には当たらない。仮にあんたがオレを撃っても即死はしないだろうね」


上質な金糸のような柔らかな髪は淡い桃色混じりで、月の光を受けて輝いている。
髪の間から覗く紫苑色の瞳はこれから少年がする事とは裏腹に澄み切っており、男は射抜かれたように動けない。

やがて黒い手袋に覆われた右手で、男の持つ銃のバレットを掴む。男はびくりと震え、一瞬トリガーに指をかけかけたがどうにか堪えたようだ。


「…あ、…あ…」


その銃身は次第に上に上がっていき、やがて銃口を男のこめかみにあてがった。
少年は、緩やかな動作で男の指先をトリガーにかける。訳の分からない男は抵抗しようとするが、一歩間違えたら引き金を引いてしまいそうで。
震えるばかりで、体が言うことを聞かない。言葉が、上手く発せない。


「う、ぁ、あ…」


男を見下ろし、少年は冷酷な言葉を放つ。


「くたばれ」





「あ、あ…あぁあ゛ぁああ゛ぁ!!」

それは、宣告にも感じられて。

男は自分の末路を悟ったように絶叫した。
ボロボロと涙が零れ落ち、少年に命乞いをする。プライドも何もかも捨てて。
夢だと思いたいだろう。しかし、こめかみに当たる冷たい感触がそれを許してくれない。







運命とは、絶対不変だから運命なのだと誰かが言っていた。

ならば、自分が眼前の男に対する行為も彼の運命に織り込まれているのだろう。

引き金を引く指に力を込めた。
キリキザンに抵抗らしい抵抗も出来なかったレパルダスが悲痛な鳴き声を上げる。




そして、





One shooting star

(命が、消える)











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