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□星高の鍋の話
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「うーす」
「あっ高ピーお疲れー」

 両手いっぱいに荷物を提げて、高崎がやってきた。このマンションにエレベーターがついていなかったらそれをどうしていたのかを想像するだけで恐ろしくなる荷物の量だ。

「浅浦、こんなので良かったか」
「ああ、多分大丈夫だろ」
「多分ってな」
「いや、逆に知らないのも飲んでみたかったし、高崎に頼めば間違いないだろうとは思ってたから」
「人をいいように使ってくれやがって」
「悪い、俺は下拵えを頼まれてたんだ」

 そして荷物を置こうとした高崎の動きが固まる。酒類の入った袋はテンプレート通りに床に落とすことはなかったけれど、ゆらりと重心がぶれる。

「伊東……お前、何でコイツに食材触らせた」
「失礼しちゃうなー高崎クン、団子丸めるくらいは出来ますー」
「いや、お前ならミンチ肉を丸めるだけでも大量殺戮兵器にする」
「大丈夫だってば、加熱するし」
「あー、高ピー大丈夫だよ、俺の管理下で丸めてもらってたし。途中からは浅浦にも見てもらってたから」

 伊東がいくら大丈夫だと言っても、高崎はそれを信用する様子がない。どうやら、トラウマは俺たちが思う以上に根深いようだ。
 そもそも、高崎のトラウマだ。それは、高校2年の調理実習での出来事。班の課題は肉じゃが。高崎はこの人と同じ班になった。高崎が付け合わせの卵焼きを焼いている間に、肉じゃがは悲劇に見舞われた。
 そこで生成された不気味な物体はとても肉じゃがとは呼べるものではなかった。しかし、食べて感想や反省をまとめなければ評価はもらえない。
 高崎が二口だけ食べると言って班員をその物質から遠ざけた。とりあえず感想と反省をまとめることが出来たが、その代償はあまりに大きすぎた。
 次の休み時間、高崎は激しい腹痛に襲われその場で倒れ込んだのだ。額には脂汗が滲み、顔面蒼白。言葉を発することも出来ず、呼吸もまばら。

「あン時はガチで死ぬかと思ったからな。お前ら全員見ただろ!? マジで婆ちゃんトコ逝くかっつって覚悟したぞ」
「見たけどさあ、慧梨夏もあの時よりはまともになって……る保証はないけど今日の団子は大丈夫! なんなら俺今1個食べるし」
「お前ら全員食え。で、何もなかったら俺も普通に食うし」
「と言うか高崎、鍋奉行は伊東だし、生煮えってことはないだろうからそこまで神経質になることもないんじゃないか?」
「一理ある。が、保険には保険だ」
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