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□たおやかな乙女の柔肌
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 しばらく格闘してようやく納得のいく泡が出来たのか、美奈の背中に少しずつ泡が広げられていく。なめらかで、見惚れるような背中。腰のラインもムダな物が何一つとしてない。目線を上に上げれば、遅れ毛が垂れるうなじ。

「ん」
「……どうか、した…?」
「うなじ、傷が出来てる。最近?」
「一昨日……庭でマリーと遊んでたら、徹が訪ねて来て……マリーは徹を見ると引っ掻きに行くから、抱き上げたんだけど……」
「間に合わなかった?」
「抱き上げても興奮したままで……徹は無事だったけど、私が引っ掻かれた……」
「大変だったね」

 うなじに赤く浮き上がった飼い猫の引っ掻き傷が、菜月の心をくすぐった。それが好奇心なのか、湯気に中てられた物なのかはわからない。薄い泡越しに、指先でそっとなぞってみる。
 手入れの行き届いた美奈の体は美しい。その美しい体にある傷が、普段は腰に届かんばかりのロングヘアーで覆い隠されるうなじが露わになっている。

「……菜月…?」
「ゴメン、何となく」
「私も、傷は鏡でしか見れてなくて……どんな感じになってる…?」
「あ、えっと……赤くって、痛々しいけど、カサブタになるのもすぐって感じ。あと、こんなこと言うのもおかしいけど、映える」

 互いに、普通にしていればまず見られない物を共有したからか、ひとつ枷が外れたように、それこそ裸の付き合いでこの場限りの本音が飛び出す。飛び出した本音も泡と一緒に流れてしまうのだからご愛嬌。

「はい、流すね」
「お願いします……」

 肩口から優しくお湯がかけられ、泡が少しずつ流れていく。相手に身を委ね、すべてを曝け出したこの時間も同じように渦を巻く。

「はい、さっぱり」
「……もう一回、露天に行く…?」
「そうしよ。お風呂から上がったら何飲もう」
「……私は、炭酸水を……売店には、コーヒー牛乳もあった、みたいだけど……」

 じゃあコーヒー牛乳かな、と菜月が立ち上がる。勇み足の菜月から二、三歩遅れてゆっくりと歩を取る美奈。慌てなくても売店はまだ閉まらないし、せっかく人もいないのだからゆっくり温泉を楽しもうと仕草で語る。

「……菜月」
「ん? どうかした?」
「おしりの泣きボクロ……すごくチャーミング」
「ちょっ、やめてよ恥ずかしい」
「顔、赤い……」
「誰の所為で」

 恥ずかしさを誤魔化すように菜月は体を湯に沈めた。美奈は微笑みを浮かべながら、始まったばかりの温泉宿二泊三日の過ごし方を考える。空には一番星が瞬いていた。
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