短編

□流川の場合〜本当の気持ち編〜
1ページ/1ページ

楓が合宿から帰ってきた。

元通り、何事も無かったかのように始まる日常。


相変わらず日曜日は早く起こされるし、放課後は体育館に引っ張り込まれる。




もういい加減にして!!って………。





いつもならきっと、そう怒ってた。







「よ、マネージャー候補」


「……」


「冗談だって!睨むなよ」


いつもみたいに体育館の入り口に行くと、余計な言葉と一緒にハハハと笑いながら水戸君が迎えてくれた。


「その冗談は、全っ然笑えない」


特に『全然』の辺りに力を込めてそう言うと、尚も笑う水戸洋平。

だけど、この男の笑顔には裏があるって思うと一緒に笑ってなんかいられない。


「そのわりには律儀に練習つき合ってんだな」



ほらね…。


そんな事をさらりと言ってのけるから。


「……帰る」


同時に来た道に身体を向け直すと、慌てた様子もなく「冗談だよ」と水戸君は笑った。

合宿中に体育館で会った時といい、今日といい水戸君には何もかもお見通しって暗に言われてる気がする。

今まで誰にも見せなかった私を見抜かれてるって気がする。



だけど、そんな水戸君でさえこれには気づいていないだろう。



私が誰にも悟られないように隠してた、誰にも、たぶん楓にさえも隠してきた本当の気持ち。






そんな事を考えてたら水戸くんと目が合って、条件反射みたいに笑顔を作ったみたけど、それが笑顔になってたかどうか。

だけど水戸君はそんなこと気にした様子もなく、むしろ自分から話題を変えてきた。


「あァ、そうだコレ…」


「?」


思い出したように制服のポケットを探る姿を目で追って、出て来たものに目を見張る。


「流川のじゃねェの?」


私はそれをよく知っていて、無意識に手に取って再度確認するとやっぱりそれはアレだった。


「この間、水呑場で拾ったんだけど違ってた?」


「楓のだと思う……。たぶん……」


語尾にオマケみたいにつけた『たぶん』ってのは嘘。

だけど水戸君ならそんな些細な嘘でさえ気づいていたかもしれない。

なのに何も言わないから、ぼんやりとただ食い入るようにそれを見つめていた。


「じゃあ渡しといてくれねェ?オレ、流川と絡んだ事ってほとんどねェからさ………って……」


それを言い終わるか言い終わらないかの時、突然ヒュッと何かが目の前を横切った。

それからダンッて音がしたて、それがボールだって分かってからその飛んできた軌道を辿るとアイツが居た。


「何だ?アイツ」


その構えた姿からしても犯人は誰が見ても一人にしか特定出来ない。


「睨んでるよ、おお怖ェ」


「………」


水戸君はやっぱり笑ってたけど、私は全く笑えなかった。




楓…………。













帰り道、楓は何も言わなかった。

私も何も言わなくて、自転車が風を斬る音やすれ違う車の音だけが耳に留まるばかり。

いつもと同じみたいに二人共黙ってたけど楓の背中は何か言いたげだった。

だけど何も言わなくて、ただ黙って自転車を漕いでいた。



いつもそう。



楓は肝心な時に何も言わない。





本当は私が水戸くんと何話してたのかが気になってるくせに……。





馬鹿だよね…。







別れ際、やはり何も言わないまま家に入ろうとする楓を呼び止めた。


別に言い訳するとかそんなんじゃないけれど、私の口は勝手に動いていた。


「さっきの水戸君の事だけど…」


そう言ってポケットからそれを取り出すと楓に見えるように手の平に乗せる。

水戸君から受け取ったのはリストバンド。

楓のリストバンドと同じ黒の、そしてメーカーも同じだから全く同じモノ。

だけどこれは楓のものではない。


「これ、この間、学校に忘れて帰ったの」


それを聞いた楓は一瞬だけ変な顔をしたけれど、もう一度リストバンドを見るとすぐに視線を私に合わせた。

どうやらそれが自分のモノじゃないと分かったようだ。

そんな楓にこんな事をわざわざ言う必要ないって、頭の中では思ってる。


なのに口は止まらない。


「私だって、たまにはボール放りたい時もある…から………」


と、それを言い終わらない内に楓に引き寄せられた。

いつもなら「何すんのよ!!」って怒る所なのに、私は黙って俯いた。







やっぱり気づいてたんだ…。



私がボールを放るのは楓に構って欲しいからだって…。







昔からそうだった。

バスケをしてる楓は私を見てくれなくなる。

そんな私がボールを触る時、楓は嬉しそうに笑っていた。


ボールを放ると楓が構ってくれる。


一緒に遊んでくれる。


それは小さい頃に私が学んだ事だった。




ヤバい……。



本当にヤバい…。



泣きそうになる気持ちを抑えて、楓の温もりに包まれる。




バレちゃいけない。




バレて欲しくない。





私の本当の気持ち………。







私は………。








喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、それから楓の胸を両手で力一杯押しやった。

楓はちょっとだけ不満そうな顔をしたけれど、それには見ないフリをして。


「じゃあ、ばいばい」


それだけ言うと私は玄関に向かって走った。

ただいまも言わずに部屋まで走って閉めた扉にもたれ掛かる。






危ない危ない。



もう少しで流される所だった。







誰もいない部屋で自分に言い聞かせる。





「………嫌い」





私はバスケが嫌い。





「……嫌い」




バスケをしてる楓は嫌い。




「……嫌いっ」






バスケを好きな楓が嫌い。






だけど………。






「好き……」






好きなのに………。








『私が欲しいのは私だけを見てくれる楓だから…』









〜あとがき〜

ヒロイン、しばらく見ない内にキャラ変わりましたね(笑)

相当な独占欲みたいですよ。

バスケにヤキモチなんかそんな可愛いもんじゃないらしいです。

さてさて、二人はどうなるんですかね(笑)









[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ