仙道連載
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やっとこの日が来た。
どれだけ今日を待ち侘びただろう。
これも鬱陶しいくらいコッシーに時間を確認したかいがあったというものなのか、私はいそいそと支度を済ませると時間よりも少し早めに体育館へと到着した。
だが、体育館に着いた私は軽く目を見開く。
なぜなら入り口は大勢の学生でごった返しているのだから。
「何?このギャラリー…」
キョロキョロと人だかりを見れば、陵南の制服を着た人達の他に見慣れぬ制服を着た人達も目に映る。
おそらく湘北の学生なのだろうが、バスケットは野球やサッカーのような花形競技でもないし、ましてただの練習試合でこの人手とは正直恐れ入ってしまった。
こんな中で彼を探せるのかなぁ?
不安が胸を過ぎる中、それでもめげずに人混みを覗き込んでいるとふと会話が耳に入ってきた。
「すげえ人だなぁ。来る度に増えてるんじゃねーか?」
「これ全部仙道狙いかよ?アイツもやるなぁ〜」
「いや、そうでもないらしいぜ?流川の親衛隊が来てる」
まさかこの声は……!
声のした方に顔を向けた私は、ようやく目的の人物らしき姿を捉える事が出来た。
「いた!!」
「は?」
人混みを掻き分けて声の主の元に辿り着くと、その人は私を見てわずかに眉をひそめた。
「洋平、知り合いか?」
「いや」
声の主……水戸洋平が髭男(名前忘れた)の問いに首を横に振ったのも無理はない。
私がこの世界の住人の事を一方的に知ってるだけで、相手は私の事など何も知らないのだ。
「はじめまして…だよね?」
リーゼントに短めの眉、両手をポケットに突っ込んでダルそうに立っている姿はまさに漫画で見た水戸洋平。
でも念のため確認してみる。
「水戸洋平くんですよね?」
「そうだけど」
やっぱり〜〜!!
小さくガッツポーズをしている私に水戸洋平はますます訝しげな顔をして、斜め上に私を見上げながら問いかけた。
「どこかで会ったっけ?」
「いや、今日が初めて」
「何でオレの名前を?」
私の返答になお不審がる水戸洋平だったが、まさか漫画で読みましたとは言える訳がない。
「そんな事はどうでもいいじゃない」
ハハハとごまかしてはみたものの、水戸洋平の目つきは変わらない。
さすが桜木軍団の陰のリーダー(私が勝手に思ってるだけ)と言った所か。
でも不審者だと思われようが、今は水戸洋平に頼るより他に方法はないのだ。
私は意志を固めるように頷くと水戸洋平に向き直った。
そして緊張しながらもそれを口にした。
「高校生でもビールが買えるお店って知らない?」
「は?」
やっぱり唐突過ぎたか…。
口が「はの字」のまま固まった水戸洋平を見て少しだけ反省。
でもこれは私にとって切実な問題なのだ。
こんな見知らぬ世界に連れて来られた挙げ句、再びダルい高校生活を強いられストレスゲージは既に満タン。
ある意味仕事してるよりも過酷な現状に最早ビールがないと生きるなんて無理。
このままじゃ本気で干からびてしまう。
だが、この世界の住人の中で私の知っている人物は限られている。
さらにその中でもお酒を飲みそうな人間なんて一握りしかいない訳で、桜木軍団に白羽の矢が立ったのである。
「ハハッ」
しばらく私を見つめていた水戸洋平はいきなり笑い始めた。
これには何となく私も笑うしかなくて、仕方なく「アハハ」と笑った。
「面白いね、君」
「別に笑わそうと思って言った訳じゃないんだけど。それより知ってるの?知らないの?」
焦れる私とは裏腹に、水戸洋平はゆっくりとポケットから携帯電話を取り出した。
「連絡先教えてくれる?あ、その前に名前か」
「え?」
「オレのバイト先コンビニなんだ。オレがいる時ならビールでも何でも売ってあげるよ」
「……っ!ありがとう!!」
さすが水戸洋平!!
まさかコンビニでバイトしてるとは予想外だったけど、これなら確実にアルコールが手に入る事は間違いない。
私は何度もお礼を言って名前と連絡先を教えた。
さて、用も済んだし…。
「あれ?見ていかないの?」
体育館から遠ざかろうとする私を水戸洋平が引き留める。
「ああ、バスケの事は詳しくないから…」
「じゃあわざわざオレに会うためにここまで来たわけ?」
「まあ、そんなとこ」
本当は少しくらい見物しようかと思っていたが、ハンパないギャラリーの数にそんな気は失せてしまったのだ。
「洋平〜。試合始まるぞ〜〜」
「ああ。今行く」
今度はパンチパーマの太った男(名前忘れた)に呼びかけられて、水戸洋平は仲間の人達に軽く片手を挙げた。
「じゃあ、私はこれで…」
「ああ」
「本当にありがとう」
たぶんこの世界に来てから一番の笑顔でそう言うと、水戸洋平も「またな」と笑顔で手を振ってくれた。
それから体育館を離れて行くと、なぜか見たところもない場所に出た。
「あれ?」
もしかして道に迷った?
体育館の近くだとは分かるのだが、辺りは人影もなくどこが正門かは分からない。
とりあえず来た道を戻ろうとすると、ふいに人の気配を感じた。
あれ?
そこにいたのは転校初日に私を職員室に連れて行ってくれた日本史の先生だった。
こんな所にいる理由は分からないが、ちょうどいいので道を教えて貰おうと先生の元へ足を向けた時、もう一つの人影が視界に入ってきた。
あれは………。
相手は学生のようだが明らかに陵南の制服ではない。
ちょっと待った……。
あの学ランにあの髪型ってもしかして……
………ルカワ?
まさかルカワも道に迷ったとか??
って……………
えぇっ!?
この日始めて心から笑った私は、同時にこの日始めて見てはいけないものを見てしまった。
〜11話に続く〜
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