リクや頂き物

□産まれてくる君へ
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悪阻も終わってようやく安定期に入った。

この頃になると少しずつお腹も出てきて、ここに赤ちゃんがいるんだなって実感も沸いてくる。

でも、それは母親の私だけの話で楓は何も変わらない。

楓は相変わらず妊娠に関しての知識はないし、学習する気もないらしい。

そんな時、病院の掲示板で見かけた一枚の紙。

私はそれを見た瞬間、すぐに受付に向かった。

その紙に書かれていたのは『両親学級』。

知識の乏しい私達にはうってつけのものだった。



そして当日。

面倒くさがる楓を引っ張って私達は朝から病院へと足を運んだ。

参加している人達はみんな同じくらいの妊婦さんばかりで、隣に並ぶお父さん達と楽しそうに話している。

一方、楓は無理矢理連れて来たのが悪かったのか、ムッスリと黙り込んだままただ座っているだけだった。

そうこうしている内に助産士さんが入室して、両親学級が始まった。

みんなペンを取り出したり配布された資料を見たりとやる気満々。

もちろん楓を除いて…なんだけどね。


「まずは集まっていただいた皆様に、簡単な自己紹介とお腹の中の赤ちゃんがどんな子供に育って欲しいかを聞いてみたいと思います」


助産士さんの指示に従って端に座る人から順に自己紹介をする事になった。

特に決まりがあった訳ではないが、自然とお父さんが自己紹介をするという流れが出来ている。


「五体満足で元気な子供だったらそれでいいです」


「上の子が女の子なので次は男の子が欲しいです」


「活発な子だったらいいと思います」


みんなそれぞれに赤ちゃんに対する希望を言っている。

どれも「うんうん」と頷けるような内容ばかりだった。

でも、その一方で少し心配になる。


楓は何て言うんだろう?



「次は流川さん」


とうとう私達の番が回ってきた。

他の参加者達が微笑みながら私達を見ている。

緊張しながら楓を見ると、楓は少し考えたあとようやく口を開いた。


「……デカくてゴツくなればいい」


…………は?


室内に言い知れぬ沈黙が走る。

皆一同にコイツ何言ってんだ?と顔に書いてあった。

すると言葉少ない楓をフォローしようと助産士さんが口を開いた。


「………そうですね。大きくて元気な子に育つといいですね」


だが、それを受けた楓は首を横に振り「違う」と一言。


「楓?」


さすがに私も訳が分からずに楓の袖を引っ張ると楓は平然と答えた。


「デカくてゴツい方がバスケするのに有利だから」


静まり返った部屋に楓の小さな声は響き渡った。

それからやや間があってクスクス笑いが広がっていく。


確かに楓からしたらバスケは大事だけどさ、今は違うでしょ!


楓は何故笑われてるのかも分からずに首を傾げているが、私は恥ずかしくなって俯いてしまった。


それから全ての自己紹介が終わって簡単な説明のあと部屋の明かりが落とされた。


「次はビデオを見ていただきます。妊婦さんには大切な内容ですのでしっかりと見て下さいね」



そう言われて数分後……。



って楓…いきなり寝てるし。


他のお父さん達は真面目に見てるのに……。


私は急に不安になってきた。

初めて出産するってだけで凄く心配なのに楓はこの調子。


周りのお父さん達はちゃんとしてるのに、楓は何でこんなんなのだろう。


こんなんでちゃんと赤ちゃんを育てられるのだろうか?


私は心にしこりを残したまま両親学級を終了した。





両親学級が終わって、ついでに検診の予約をしていたので待ち合い室に向かった。

すると思いがけずに込み合っていて座る場所がない。

臨時に簡易椅子が用意されていたが、それでも数人の妊婦さんが立って待っているという状態だ。

すると楓がスタスタと歩き始めた。

何かあったのかな?とその後ろ姿を見送っていると、一組の夫婦の前に立ち止まった。

そして男の人に向かって一言低い声で呟いた。


「どけ」


「は?」


いきなり見ず知らずの男に上から目線でモノを言われ、さすがにその男性は不愉快そうに眉をしかめている。

それでも楓は気にする風でもなく、再度その男性に向かって繰り返した。


「アンタは立ってろ」


「何コイツ?」


「いきなり失礼じゃない」


明らかに気分を害している夫婦だが、楓は全く引かなかった。


「周り見ろ」


「何だよ」


「アンタが妊娠してんじゃねーんだろ?」


楓の一言に男性は周りを見回した。

周りには当然のように妊婦の姿。

中にはお腹がかなり大きいにも関わらず立っている人もいる。

すると男性は楓の意図している事が分かったようで恥ずかしそうに椅子から立ち上がった。

そしてそれにつられる様に数人の男の人達が椅子から立ち上がる。

それを確認した楓は私の元に戻ると、今しがた空いた椅子を顎で指した。


「……座ってろ」


「ありがとう…」


楓は「ん」とだけ言うと、それ以上は何も言わずに黙って私の隣に立っていた。

私は何だか涙が出そうになった。







そして帰り道。




「楓、かっこ良かったよ」


「当たり前」


「赤ちゃんに対する理想は笑われちゃったけどね」


「でもバスケはデカくてゴツい方がやりやすい」


再びそう言った楓だけど今度は恥ずかしいとは思わなかった。

周りが聞いたら笑われるような理想でも、楓はちゃんと赤ちゃんの事を考えてるんだって分かったから。


ふいに楓と子供が二人でバスケをしてる姿が頭に浮かぶ。


きっと楓も同じ未来を思い描いたんだよね。




だけど、実は今日聞いちゃったんだ。


楓はデカくてゴツいのが理想だって言ったけど……


お腹の赤ちゃんは女の子だって。


それを聞いたら楓はどんな顔するかな?






『お腹の赤ちゃん女の子だって』


『オンナノコ…?』


『それでもデカくてゴツい方がいい?』


『………………………………(コクン)』


『えぇ〜!?女の子だよ?小さくて可愛い方がいいじゃん!』


『…………そしたらたくさん男が寄ってくるからダメ』



〜あとがき〜

アンケートにコメントいただいた『あなたと一緒に出来る事』の続編です。
実は書いてみたかった話なんで、コメント下さった方に感謝です!

今回は何気ない一言に父親の顔を見せる流川ですがいかがでしょう?
どうやら母親はすぐに母性に目覚めるらしいのですが、父親は産まれて動くようにならないと実感が湧かないらしいです。
それまではモノを見てる感じ?

ちなみに流川が父性に目覚めるかは謎です……。



 

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