ショート夢(SD)
□キュンの法則
1ページ/1ページ
ザッザッと箒を動かしては、ため息をついて手を止める。
ただでさえ人通りの少ないこの場所なのに、放課後ともなれば誰も来ない。
再び大きなため息をつくと、冷たい風が吹き付けてきた。
さっぶ〜〜〜!!
箒を持つ手がかじかむ。
この寒さでは手袋もカイロも全く役に立たない。
「もう帰りたい……」
そんな事を呟きながら手を動かすのを再開すると、いきなり背後から声をかけられた。
「お前、何やってんだ?」
この特徴ある声は……。
振り返ると、そこには思った通りの人物が立っていた。
三井寿。
彼は私のクラスメイトだった。
「掃除の時間なんて、とっくに終わってんぞ?」
「知ってる」
「じゃあ何でそんな事やってんだ?」
「別に…気が向いたから」
実を言うと、三井くんときちんと話すのはこれが始めてだった。
だって三井くんはずっと不良だったし、私はわざわざ不良に関わるようなタイプではない。
でも1学期の途中辺りに、急にバスケ部に入ってからというもの、三井くんは不良改め普通の学生に戻っていた。
その後の三井くんは段々とクラスにも溶け込んでいったんだけど、私はその三井くんの豹変ぶりに納得がいかず、今まで極力関わる事を避けていたのだ。
「気が向いたヤツが『帰りたい』なんて言うかよ。何かの罰ゲームか?」
三井くんはどうやらさっきの私のぼやきを聞いてたらしい。
私が黙って頷くと、三井くんは腕を前に組んで考えるそぶりをした。
「罰だとしたら今朝の遅刻か?あ、そういえば昨日も遅刻だったな」
彼が意外にも私の事を知ってるのには驚いた。
私が彼に興味がないみたいに、彼も私には興味がないと思っていたから。
「…ちょっと5回連続で遅刻しただけだよ」
そう答えると、三井くんは笑い始めた。
「5回ってほぼ一週間じゃねェか!そりゃ怒られて当然だな」
そんな事、不良してたアナタに言われたくないんですけど。
もちろんそんな事、口に出しては言わないが。
しかし何だ、この光景。
あの元不良の三井くんが私の事で笑ってるよ。
ってか三井くんって、子供みたいな笑い方するんだな。
私はしばらく三井くんの屈託のない笑顔を見つめていた。
「あ、三井くん。部活なんでしょ?」
私が声をかけると三井くんは笑うのを止める。
「あ、そうだった」
「頑張ってね」
「お前もな」
それだけ言うと、三井くんは走り去っていった。
私は何となくその背中を見つめながら、再び掃き掃除を再開した。
三井くんが去った後も掃除は全くはかどらない。
「私、いつになったら帰れんだろ…」
落ち葉の量は全く減らないし、心なしか日も傾いて来た気がする。
もうヤダ…帰りたい…。
そんな事を考えているて、ザッザッと足音が聞こえてきた。
もしかしたら担任が許しに来てくれたのかもしれないと、期待をもって顔を上げると、そこにいたのは三井くんだった。
「何サボってんだよ?」
「三井くん!?」
再び姿を現した三井くんは、何故か箒を片手に持っていた。
「部活は??」
「今日はミーティングだけだからいいんだよ」
そう言うと、三井くんは箒で辺りを掃き始めた。
「何で……?」
「終わらないと帰れないんだろ?」
「そうだけど…」
「じゃあさっさと手、動かせよ」
それ以上は何も言わず黙々と掃きつづける。
何で戻って来たの?とか何で手伝ってくれるの?とかいう言葉は、喉元に引っ掛かって今にも口から飛び出そう。
でも三井くんが何も言わなかったので、私も何も聞かなかった。
黙って掃除を続けること約半時間。
たったそれだけの時間。
気がつけば作業はあっという間に終わっていた。
「終わった…」
「あ〜、疲れた」
三井くんは箒を片手に、思い切り身体を伸ばしている。
「あの三井くん……」
お礼を言わなければと声をかけると、三井くんはニカッと笑った。
「明日は遅刻すんなよ」
その笑顔はやっぱり子供みたいで、私は思わず見とれてしまった。
気のせいか胸の辺りがザワついてる。
何だこれ?
やけに胸がドキドキする…。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
三井くんの声にハッとして我に返った時には、三井くんは既に私に背を向けて歩きだしていた。
お礼…言いそびれちゃったや。
ま、いいか。
明日、きちんとお礼を言おう。
そんな事をぼんやりと考えながら、私も道具を片付けて家に帰る事にした。
そして翌日…。
私は再び遅刻した。
「お前…何やってんだよ」
「いやぁ、寝坊しちゃって…」
ヘヘヘと笑ってそう言えば、三井くんは大きくため息をついた。
「呆れて何も言えねーよ」
眉をしかめた三井くんに、「すみません」と謝る私。
でもね―
寝坊した理由が、実は三井くんの事を考えてて眠れなかったからだなんて、三井くんには言えっこないんだけどね。
『アンタ、いま三井くんと話してなかった?』
『ああ、ちょっと…』
『三井くん元不良だよ!?怖くないの!?』
『うん、話してみると案外いい人だよ?』
『ふ〜ん?』
『あと、笑顔が可愛いかな…』
『アンタ、大丈夫…?』
〜あとがき〜
三井さんの笑顔は破壊的です。
そして彼の声も同様に。
まさに始まったばかりの恋…。
.