ショート夢(SD)

□キュンの法則
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ザッザッと箒を動かしては、ため息をついて手を止める。

ただでさえ人通りの少ないこの場所なのに、放課後ともなれば誰も来ない。

再び大きなため息をつくと、冷たい風が吹き付けてきた。


さっぶ〜〜〜!!


箒を持つ手がかじかむ。

この寒さでは手袋もカイロも全く役に立たない。


「もう帰りたい……」


そんな事を呟きながら手を動かすのを再開すると、いきなり背後から声をかけられた。


「お前、何やってんだ?」


この特徴ある声は……。


振り返ると、そこには思った通りの人物が立っていた。

三井寿。

彼は私のクラスメイトだった。


「掃除の時間なんて、とっくに終わってんぞ?」


「知ってる」


「じゃあ何でそんな事やってんだ?」


「別に…気が向いたから」


実を言うと、三井くんときちんと話すのはこれが始めてだった。

だって三井くんはずっと不良だったし、私はわざわざ不良に関わるようなタイプではない。

でも1学期の途中辺りに、急にバスケ部に入ってからというもの、三井くんは不良改め普通の学生に戻っていた。

その後の三井くんは段々とクラスにも溶け込んでいったんだけど、私はその三井くんの豹変ぶりに納得がいかず、今まで極力関わる事を避けていたのだ。


「気が向いたヤツが『帰りたい』なんて言うかよ。何かの罰ゲームか?」


三井くんはどうやらさっきの私のぼやきを聞いてたらしい。

私が黙って頷くと、三井くんは腕を前に組んで考えるそぶりをした。


「罰だとしたら今朝の遅刻か?あ、そういえば昨日も遅刻だったな」


彼が意外にも私の事を知ってるのには驚いた。

私が彼に興味がないみたいに、彼も私には興味がないと思っていたから。


「…ちょっと5回連続で遅刻しただけだよ」


そう答えると、三井くんは笑い始めた。


「5回ってほぼ一週間じゃねェか!そりゃ怒られて当然だな」


そんな事、不良してたアナタに言われたくないんですけど。


もちろんそんな事、口に出しては言わないが。


しかし何だ、この光景。


あの元不良の三井くんが私の事で笑ってるよ。


ってか三井くんって、子供みたいな笑い方するんだな。


私はしばらく三井くんの屈託のない笑顔を見つめていた。


「あ、三井くん。部活なんでしょ?」


私が声をかけると三井くんは笑うのを止める。


「あ、そうだった」


「頑張ってね」


「お前もな」


それだけ言うと、三井くんは走り去っていった。

私は何となくその背中を見つめながら、再び掃き掃除を再開した。



三井くんが去った後も掃除は全くはかどらない。


「私、いつになったら帰れんだろ…」


落ち葉の量は全く減らないし、心なしか日も傾いて来た気がする。


もうヤダ…帰りたい…。


そんな事を考えているて、ザッザッと足音が聞こえてきた。

もしかしたら担任が許しに来てくれたのかもしれないと、期待をもって顔を上げると、そこにいたのは三井くんだった。


「何サボってんだよ?」


「三井くん!?」


再び姿を現した三井くんは、何故か箒を片手に持っていた。


「部活は??」


「今日はミーティングだけだからいいんだよ」


そう言うと、三井くんは箒で辺りを掃き始めた。


「何で……?」


「終わらないと帰れないんだろ?」


「そうだけど…」


「じゃあさっさと手、動かせよ」


それ以上は何も言わず黙々と掃きつづける。

何で戻って来たの?とか何で手伝ってくれるの?とかいう言葉は、喉元に引っ掛かって今にも口から飛び出そう。

でも三井くんが何も言わなかったので、私も何も聞かなかった。

黙って掃除を続けること約半時間。

たったそれだけの時間。


気がつけば作業はあっという間に終わっていた。


「終わった…」


「あ〜、疲れた」


三井くんは箒を片手に、思い切り身体を伸ばしている。


「あの三井くん……」


お礼を言わなければと声をかけると、三井くんはニカッと笑った。


「明日は遅刻すんなよ」


その笑顔はやっぱり子供みたいで、私は思わず見とれてしまった。

気のせいか胸の辺りがザワついてる。


何だこれ?


やけに胸がドキドキする…。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」


三井くんの声にハッとして我に返った時には、三井くんは既に私に背を向けて歩きだしていた。


お礼…言いそびれちゃったや。


ま、いいか。


明日、きちんとお礼を言おう。


そんな事をぼんやりと考えながら、私も道具を片付けて家に帰る事にした。


そして翌日…。


私は再び遅刻した。


「お前…何やってんだよ」


「いやぁ、寝坊しちゃって…」


ヘヘヘと笑ってそう言えば、三井くんは大きくため息をついた。


「呆れて何も言えねーよ」


眉をしかめた三井くんに、「すみません」と謝る私。


でもね―


寝坊した理由が、実は三井くんの事を考えてて眠れなかったからだなんて、三井くんには言えっこないんだけどね。



『アンタ、いま三井くんと話してなかった?』


『ああ、ちょっと…』


『三井くん元不良だよ!?怖くないの!?』


『うん、話してみると案外いい人だよ?』


『ふ〜ん?』


『あと、笑顔が可愛いかな…』


『アンタ、大丈夫…?』



〜あとがき〜

三井さんの笑顔は破壊的です。
そして彼の声も同様に。

まさに始まったばかりの恋…。



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