拍手連載 先生と流川くん

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人の言葉に揺れるなんて事、今までだってよくあった。

それはランチのメニューだったり、講義科目の選択だったり、時には恋愛だって左右された。

でもコレは違う。

誰に委ねる事も出来ない、私が選ぶべき道なのだ。




仙道くんに会ってしばらく公園で座っていた。

自分がどうすべきなのかとか、どうあるべきなのかとか、本音と建前の狭間で揺れていた。

それでもオセロみたいに白黒はっきりする事なんて出来ず、答えの出ないまま家に戻った。


俯いて歩きながら部屋の前まで辿りつくと、その瞬間、私の瞳は大きく開かれた。

だってドアの前には、制服姿の流川くんがしゃがみ込んでいたのだから。


「何で……いるの?」


「アンタに…会いたかったから……」


私を見上げる流川くんの眉は下がっていて、今にも泣きそうだった。


「…何言ってるの?学校で嫌ってほど会ってるじゃない」


まるで台本でも読むかのようなわざとらしい台詞。

自分で聞いてても、そこに感情なんて一つも篭ってないと分かる。

だが、流川くんはそんな私の『台詞』なんて聞いてなかった。


「やっぱりオレ、無理だ…」


流川くんにそう言われた時、言葉の続きを聞くのが怖かった。

でも、同時にどこかそれを聞きたがる自分がいた。

そして、その動作は一瞬。

パシッという音と共に、私の右腕は流川くんの大きな手に包まれていた。


「アンタじゃないと…無理だ……」


懇願するような目が心臓を鳴らす。

うずくまったまま私を見上げている流川くんが、いつもよりとても小さく見えた。


「どうしたらアンタはオレのモンになる…?」


今度は掴まれた方の腕が私の支配から外れた。

もう私の脳みそは、その節くれだった手を振りほどけという指令を出すのを止めてしまったようだ。


「オレ、アンタが好きなんだ…」



堪らなかった。



その頼りない瞳も、震える肩も、私を掴む温かい手も…。




そしてとうとう決壊した。




気がつけば、私は流川くんに覆いかぶさるように抱きしめていた。


「センセ……?」


きっと腕の中の彼は戸惑ってるに違いない。

それでも私は包むように、そして縋るように彼を抱きしめ続けた。


「……う…無理……」




もう嘘はつけない。




「…たしも……アンタが……き……っ」




涙声なんて可愛いもんじゃない。

声なんてほとんど出てないし、出そうとしても言葉にならない。



それでも伝えたかった。



『私もアンタが好き』だって。



しがみつく私の腕に流川くんの手がかかる。

そしてゆっくりと引き離されると、私と流川くんは目を合わせた。


「本当に…?」


切れ長の目を見開いて私を見る彼に、しっかりと目線を合わせる。


「冗談でこんな事…出来る訳ないでしょ……?」


わずかに口端を上げて答えると、流川くんは一瞬だけ顔を歪めて、それから私を自分の方に引き寄せた。


「……夢みてェ」


耳元で囁かれる流川くんの言葉に私も頷く。


「…本当にオレの事好き?」


言葉にならずその問いにも頷けば、私を抱きしめる流川くんの腕に力が加わった。


「すげ…嬉しい……」


「……私も」


そう言って彼の背中に腕を回すと、私達は座り込んだまましばらく抱き合っていた。



きっとこの日の事は一生忘れないと思う。


長い人生の中で自分で選んだ一つの選択。


例えそれが選んではならない道だとしても、私にはその選択肢しか選べなかった。



その時の気持ちは、これからもずっと忘れない。



〜最終話につづく〜



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