拍手連載 先生と流川くん
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あの公園の前を通った。
今度は別に期待したとかじゃなくて、やむを得ずに通っただけ。
それに今日は日曜日で、今は部活の時間だから流川くんはいないはず。
期待してない?
そんな事を考えてる時点で、流川くんの事を考えてる証になるというのに。
ほら、その証拠にわずかなボールの音がしただけで公園のフェンスに手をかけている私がいる。
もしかして…という期待を抱いて公園を覗くと、そこにいたのは流川くんでは無かった。
「あ、センセー」
「仙道くん!」
ここは仙道くんの通う陵南高校からは決して近いとは言えない場所だ。
「何でいるの?」
私が驚いて尋ねると、仙道くんは何でもないという風に答えた。
「流川と勝負したくてさ。アイツ、ここでよくやってるだろ?」
「まあ…」
確かにここは流川くんがよく練習に使っている場所だ。
だが、それを知ってるほど二人が仲が良かったなんて知らなかった。
文化祭の時の二人を思い出しても、決して仲が良さそうには思えないし…。
「センセーも見てく?」
「いい!」
考え込んでるとふいに仙道くんにそう言われて、私は慌てて首を横に振った。
だが勘のいい仙道くんは、たったそれだけで何かに気づいたようだ。
「流川と何かあった?」
「何もない…」
そうは言ったものの、仙道くんの目はごまかせそうにない。
「こういう勘は鋭いんだ」
そう言ってフッと笑った仙道くんをごまかしきる自信がなくなった私は、かい摘まんでその話をする事にした。
仙道くんみたいな学生にこんな事をするのはおかしな話だけど、簡単に話せてしまったという事はそれだけ私も参っていたのだろう。
「学校にバレたんだ」
「確信はつかれてないけどね」
ベンチに座って仙道くんと話してるなんて、客観的に見ると不思議な光景だった。
でも仙道くんという人間は、出会って間もないにもにも関わらず、妙に親近感を湧かせてとても話しやすい。
きっとそれは彼の持つ天性の素質なのだろう。
「だからオレにしとけば良かったのに」
「それは無理」
私が即答すると、仙道くんは「ふーん」と掴み所のない笑みを浮かべた。
「どうして?オレが高校生だし世間体があるから?」
「それもある…」
「それも…ね」
そしてこの男は人の言葉の些細なミスを絶対に見逃さない。
「じゃあ流川が好きだから?」
しばらく私は何も言わなかった。
すると仙道くんは私の言葉を待つように、ボールをクルクルと回し始める。
私は小さく息を吸い込むと、呼吸と一緒に喉奥に詰まっていた言葉を吐き出した。
「……そうだと思う」
本当は認めたくないが、もう認めざるを得ない。
これだけ毎日、アイツの事を考えてるんだもん。
すると仙道くんはボールを回す手を止めた。
「なんだ、じゃあ悩む必要ないじゃん」
サラリとそう言った仙道くんに、学生らしい気軽さを感じた。
「だって二人は両思いなんでしょ?」
そんなに簡単な問題だったら私もこんなに悩まない。
「だけど……私は教師で流川くんは生徒だよ?」
そんな二人の関係がタブーだって事は、仙道くんだって分かってるはずなのに。
「センセー、変な事気にするんだね」
「変な事?」
仙道くんの言葉に私は俯いていた顔を上げた。
「センセーはさ、一生流川のセンセーでいるつもりなの?」
「それは…」
「流川だってさ、一生高校生のままって訳じゃないでしょ?」
「そうだけど…」
「じゃあ、そんな風に考えるのは何のため?」
何のため?
それは流川くんの将来や自分のため、それに学校や他の生徒や……。
挙げていくとキリがないほどに『誰か』の事が頭に浮かぶ。
同時に学年主任に呼ばれた時に怖くなった気持ちが蘇った。
再び俯いた私。
すると仙道くんはボールを小さく弾きながら話を続けた。
「常識って大切だと思うよ?オレがそんな事言うと越野に叱られるけど」
タンタンとボールを弾く音がリズミカルに続く。
「でもね、常識にばかり捕われて我慢ばかりしてるとね、誰のための人生を生きてるのか分からなくなるよ?」
そう言って仙道くんはボールを垂直に高く放り投げた。
誰のための人生?
「センセーの人生はセンセーのもの。後悔はしないようにね」
パシッとボールを両手で掴むと仙道くんは立ち上がった。
「帰るよ」
「あ…うん」
「流川に会ったら、また勝負しようぜって伝えといて?」
それには返事をしなかった。
誰のためなんて分かってたつもりだったのに。
いまさら迷いが生じたのは、きっと私が偽善者のフリをしてただけだったから。
でも…。
それでも私は……。
公園を出ていく仙道くんの背中をボーッと見送る。
だがそれは私にとってはただの景色でしかなく、仙道くんが去り際に呟いた台詞なんか全く頭に残っていなかった。
『オレも人の事は言えないね。本当は傷心のセンセーを口説くつもりだったのにさ…』
〜26話につづく〜
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