拍手連載 先生と流川くん

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翌日、突然準備室の扉が開いたと思ったら、入り口には流川くんが立っていた。

最悪な事に、部屋には私一人。

私は出来る限り表情を変えないようにして流川くんに視線を向けた。


「HRで聞かなかった?準備室への生徒の出入りは禁止になったのよ?」


「質問ならいいって言われた…」


「アンタが質問?珍しいじゃない」


流川くんは私の言葉を気にとめる様子もなく部屋に入ると、真っ直ぐに私の机の前に来て足を止めた。


何でこっちに来るのよ?


いつもと違う行動に内心は凄く焦ったけど、私は何事も無かったかのように振る舞う。


「何が分からないの?」


近くに流川くんの気配を感じ、慌てて視線を資料に移すも中身なんて全く頭に入ってこなかった。

それでも視線を逸らすのは、いま視線を合わせたら平静を装う自信がなくなるから。

だがしばらくたっても流川くんからは何の返答もなく、不思議に思った私はとうとう視線を上げてしまった。


「黙ってても分からないわよ?」


返事のない流川くんに少しだけ視線を向けると、流川くんは眉根を潜めて私を見つめていた。


何て顔してんのよ…。


明らかに普通じゃない流川くんに胸がギュッと締め付けられる。


バカ…反応しないでよ。


私はグッと拳を握り締めたまま流川くんの言葉を待った。


「……オレのせい?」


ようやく発せられた流川くんの声。

それは喉奥から搾り出されたような声でズキンと胸が痛んだ。


「何の事?」


「オレのせいでセンセーが呼び出されたって…」


そう言うと流川くんは俯いて言葉を切ってしまう。


「何言ってんの…」


私は声が震えないように、そして出来る限り自然に見えるように笑顔を作った。


「別にアンタのせいじゃないわよ。自惚れんじゃないの」


「だけど…」


「元からそういうルールだったのよ」


いま私が流川くんに向けてる笑顔は、きっと端から見たら能面みたいに張り付いたような顔になってるに違いない。

でも今の私にはそれが精一杯だった。


「ほら、質問はそれだけ?無いなら教室に戻りなさい」


追い立てるようにして流川くんを部屋から出そうとするが、流川くんがそれに従う様子はない。

それどころか…。


「待って…もう一つだけ……」


縋るような目で見つめられると、とてもじゃないけど突き放す事なんて出来なかった。


「…何?」


早くこの締め付けられるような気持ちから解放されたいと、逸る気持ちを抑えて問い返す。

すると流川くんは再び俯て呟いた。


「オレ、アンタの事は諦めるつもりはねェ」


「そういう話だったら…」


話すつもりは無いと断ろうとすると、突然流川くんが大声をあげた。


「違う!」


普段は声を荒げる事のない流川くんの声に、私は思わず言葉を飲み込む。

そしてそれから続けられた言葉は私の予想もしなかったもので、私は言葉を失ってしまった。


「…アンタにこれ以上迷惑かけたくねぇんだ」


さっきと打って変わって消え入りそうな声が私の胸を締め付ける。


「オレ…どうしたらいい?」


そう言って顔を上げた流川くんは、泣きそうな子供みたいにひどく頼りなかった。


「………大丈夫だから。心配しないでアンタはバスケの練習でもしてなさい」


ようやく口にした言葉はひどく曖昧で、本当はきちんと言わなきゃいけないのに、流川くんのらしくない態度にそれ以上の言葉が見つからなかった。


「ほら、しゃんとしなさいよ!午後からの授業、寝たら許さないからね」


そう言って笑顔を向けると、流川くんは何かを言いたそうにしているがそれ以上は何も言わない。


「ほら、ぐずぐずしないの!」


半ば強制的に流川くんを準備室から追い出すと、私は大きなため息を漏らした。



そして静かになった準備室で私は一人机に顔を臥せる。



アンタのせいじゃない。


悪いのは全部私なの…。



泣いても仕方がない事なのに、何故か涙が止まらない。




こんな事になってもアンタを突き放せない私が全部悪いだなんて、とっくに分かっている事なのに……。





その日以降、流川くんが社会科準備室に来る事はなかった。



〜24話につづく〜



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