拍手連載 先生と流川くん

□21
1ページ/1ページ



また来てる。


準備室の扉を開いて左手に置かれているソファーを見るのは、もはや癖になってしまった。

ダークブラウンのソファーには、今日も流川くんの大きな身体が横たわっている。

そこが定位置だと言わんばかりに、我が物顔で眠る姿を見てるとなぜかほっとしてしまう。

初めは憎らしかったこの寝顔を、こんな気持ちで見る日が来るなんて思いもしなかった。


伏せられた切れ長の目には長い睫毛。

無造作に伸ばされた黒髪は、今日も鬱陶しそうに目にかかっている。

そしてお腹の上で組まれた手から伸びた指は長く筋張っていて、やけに男を感じさせた。


規則正しい寝息だけが室内には響いている。

私は吸い込まれるように流川くんを見つめていた。

ずっと彼を見ていると、ここが学校だって事も彼が生徒だって事も忘れそうになる。


ドキン

ドキン…


額を隠す前髪に触れたくて手を伸ばせば、ピクリと流川くんが身じろいだ。


「……センセ?」


ドキンッ


流川くんはうっすらと開けた目で私を捉えると、数回瞬きをして身体を起こそうとした。

私は慌てて手を引っ込めると、普段通りに振る舞った。


「もう休み時間終わるわよ」


すると流川くんはソファーに片手をついて、中途半端に身体を起こしたままで私を上目に見る。

もう何度も見てきたにも関わらず、この上目遣いにはなかなか慣れない。


「……もうちょっと寝たい」


そう言って目をこする流川くんに感情を持っていかれそうになるが、彼を視界から外す事によって何とか堪えた。


「もう帰りなさい」


「ケチ…」


「あんまり寝てばかりいると、脳みそ溶けちゃうわよ」


そう言いながら机に戻ると、机に置きっぱなしにしていた携帯電話がチカチカと光っていた。

条件反射に携帯を開けば、そこには一通の受信メール。

カチカチと差出人を確認した所で、私はパタンと携帯を閉じた。


「誰?」


「…アンタの知らない人よ」


突き放すように言ったのは、それ以上詮索して欲しくないから。

なのに流川くんはそれをあっさりと見抜いてしまう。


「…………嘘」


「え?」


いつの間にか側に来ていた流川くんは、私の携帯を取り上げた。


「ちょっと…」


流川くんは私が止めるのを無視して目の前で携帯をいじり始めると、差出人に『仙道彰』と書かれた未読メールを躊躇せずに開いた。


『今度はいつ海に来るの?』


たった一行の文章を読むのに時間はそうかからない。

私が黙って流川くんの様子を窺っていると、流川くんは顔に疑問符をつけながら私に視線を戻した。


「…海?」


訝しげに私を見つめる視線を受けきれず、私はわずかに視線を逸らす。


「海釣りしてる仙道くんによく会うのよ。そこ私の散歩コースだし…」


「ふーん」


途端に1トーン低くなった声。


「な…何?」


「別に」


あまりにも素っ気ない返事が気になって、チラリと流川くんを見てみれば、流川くんは口をへの字に曲げていた。


「…何怒ってんの?」


「怒ってねェ」


「怒ってる」


「怒ってねェって」


「怒ってるじゃん!」


「だったら何?」


何って言われても…。


先の言葉が見つからず、とりあえず謝ってみる。


「ゴメン…」


……ん?


何かこれっておかしくない?


「………何で私が謝るわけ?」


思わず自分で自分に突っ込んでしまった。


だっておかしいよね?


別に私が誰とメールしようと、流川くんには関係ないもの。


別につき合ってるとかでもないんだし。


そんな事を考えていると、今度は流川くんが小さく呟いた。


「…もう海には行くな」


「は?」


「仙道には会うな…」


その拗ねたような言い方があまりに可愛くて、私は堪らずにクスクスと笑ってしまった。

流川くんは私を不思議そうな顔で見ていたから、私は笑うのを止めて顔を引き締める。


「…そんなの私の勝手だから」


そうキッパリと言うと、再び教室に戻るように促した。



次の休みはあの公園の近くを歩いてみよう。

そしたら『偶然』会えるかもしれないから。


〜22話に続く〜




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ