ショート夢(SD)

□風邪っぴきの午後
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久しぶりに風邪をひいた。

鼻水は出るし、何より頭が痛い。

それでも教師というものは、簡単に学校を休む訳にはいかない。

何とか頑張って最後の授業に辿り着いた頃には、ほとんど声が出なかった。


「今日はちょっと風邪気味だから声が出ないの。聞きづらかったらゴメンね」


正直言って立ってるのも辛い。

さっきからゾクゾクするけど、これが終わるまでは帰れない。


「え〜っと、幕府が倒れた要因は……」


ノートを見ながら板書するが、ほとんど頭は動いていなかった。


「…先生、漢字間違ってるよ」


「え!?」


よく見ると『幕』が『墓』になっている。


「アハハ、ゴメン…」


笑ってごまかしてはみたが、その後も年号を一桁間違ったりと、とにかくグダグダ。

最後は生徒に「自習にしたら?」と呆れたように言われてしまった。

どうにか授業を終えると、早々に家に引き上げる事にする。

そして家に帰ると、ベッドに倒れ込んだ。


とにかく寒い。


頭から布団を被ってはみるが、それでも寒い。


そしてようやくウトウトしてきた頃に、玄関の方で物音がした。

ぼんやりしながら耳をそばだてていると、誰かが部屋に入ってくる音がする。


誰?


まさか泥棒?


恐る恐るドアの方を見ると、制服姿の流川くんが立っている。


「…何でいるの?」


「鍵、開いてたから」


なんて無用心な…っていうか、勝手に入るなよ。


「風邪、大丈夫?」


どうやら心配して見に来てくれたらしい。

最後の授業は彼のクラスだったので、さすがに気になったのか。

流川くんはベッドサイドに来ると、床に膝をついて私の顔を覗き込んだ。


「熱は?」


「熱はない。寝たら治るから帰りなさい」


気持ちは嬉しいのだが、私達の関係は誰かに見つかれば一瞬で終わってしまう。

それを思えば、心配で訪ねて来てくれた事でさえ、素直には喜べない。

しかし流川くんは、そんな私の思いなど完全に無視して、相変わらずのマイペース。


「体温計どこ?」


「別にいいよ」


「ダメ」


あまりにも流川くんの目が真剣だったので、私は言われるがままに熱を測る事にした。


「38度7分……」


ピピッと鳴った体温計の数値を読み上げると、途端に流川くんから睨まれた。


ちょっと怖いんですけど…。


「私、平熱高い方だから、別にこのくらいどうって事ないって…」


笑ってごまかそうとしたら、体温計を取り上げられた。


「飯は?」


「いらない…」


「薬は?」


「……品切れ中」


盛大なため息が部屋中に響き渡る。

すると流川くんは「買ってくる」と言って、部屋を出て行った。

壁越しに玄関の鍵を回す音がガチャガチャして、程なくシーンとする。

人の気配が無くなると急に寂しくなって、私はギュッと目をつぶった。


――――――


「ん…」


目を開けると、視界には黒い髪の毛。

よく見ると、それはベッドを背にして雑誌を読んでる流川くんの後ろ姿だった。

ギシリと鳴ったベッドの音に、流川くんが振り返る。

そして目が合うと、ガサガサと音を立ててながら、私にペットボトルを差し出した。


「飲める?」


それは、青いボトルのイオン飲料。


「ありがと…」


私はそれを受け取ると、さっそく口をつけた。

渇いた喉に、少し冷ための液体が気持ちいい。

ふと時計を見ると、既に20時過ぎを指していて、私は1時間近くも眠っていた事が分かった。

再びガサガサと音がする。

何だろう?

視線を流川くんに向けると、何やら大きな箱を取り出した。


「弁当買ってきた」


差し出されたのは、コンビニにある大きめのお弁当で、中にはカロリーの高そうなモノばかり詰まっている。


これはさすがに…


「ちょっと無理…」


普通に元気でも、このサイズのお弁当は食べれない。

私が首を横に振ると、流川くんはちょっとムッとしたが、今度は小さなカップを一つ取り出した。


「ならコッチは?」


流川くんの手に握られていたのは、小さなプリンだった。


「それなら貰う」


少し笑みを浮かべると、流川くんの表情も少しだけ和らいだ気がした。

ベッドでプリンを食べてる私の側で、流川くんはさっきの弁当を食べている。

何だか不思議な光景だ。


「それ食ったら、ちゃんと薬飲んで」


サイドテーブルに丁寧に並べられた水と薬に、少し微笑みが漏れる。


「はいはい」


クスクス笑いながら薬を取れば、流川くんは首を傾げた。


「何?」


「何か変な感じよね」


「何が?」


「アンタに看病されるなんてさ。槍でも降って来そうな感じ」


クスクス笑いを止めない私に、流川くんは再びムッとした顔になる。


「病人は黙って寝てろ」


そう言って、薬を飲み終えた私の手からコップを取ると、流川くんは私の頭を枕に押し付けた。


偉そうに…。


それでも横になると、少し眠いような気がして目を閉じる。


そういえば…。


「アンタに寝顔見られんのって初めて?」


いや、違う…。


「そう、2回目か」


流川くんを初めて呼び出した時に、一回見られてた事を思い出した。


あの時は、こんな関係になるなんて思ってなかったな…。


始めは名前すら読めなかった事すら懐かしい。

私が思い出に浸っていると、流川くんが小さく呟いた。


「違う…3回目」


「…そうだっけ?」


熱と眠気で、よく頭が回らない。


「けど…すぐに数えなくて良くなる」


そう言った流川くんの声は、とても優しかったから「そうね…」と素直に頷いた。


「もう寝たら?」


「うん…」


パラリ、パラリと雑誌をめくる音がする。


「ね…、流川くん」


「何?」


「手…握っていい?」


いつもはこんな事、思ってても絶対に言わないのに。

でも今日は、眠いのと病気のせいで歯止めが利かない。

流川くんの手が欲しくてベッドから片手を出してみたが、なかなか握られない手に少し不満を感じる。

そして目を開けば、制服の上着を脱ぐ流川くんの姿が目に入った。


「ちょっと…?」


何で脱ぐの??


流川くんは上着をサイドテーブルに置くと、ギシリとベッドに入ってきた。


「な…何?」


そして私の隣に座ると、ようやく手を握った。


「あのままじゃ読みにくい」


片手に握られた雑誌の表紙はバスケの選手。

どうやら雑誌の続きが気になるらしい。


「……あっそ」


一瞬ドキッとした自分を少し恥じたが、隣に感じる流川くんの体温が気持ちよくて、もうどうでも良くなった。


「もう寝たら?」


繋いだ手とは逆の手で、ぎこちなく頭を撫でてくれる流川くん。

その慣れない仕種に安堵しながら、ゆっくりと目を閉じた。


再びパラパラとページをめくる音が聞こえる。

私はその音を聞きながら、眠りに落ちていった。




『ちょっと…、何でまだいる訳?』


『……寝てた』


『もう日付変わってますけど?』


『アンタが手、離さないのも悪い……』


『……今日だけ特別だからね』



〜あとがき〜

流川連載番外編でした。
看病する流川ってちょっと萌えませんか?(笑)
しかも、動作が慣れてなくて気の利かない所に萌える管理人は変態!?
ちなみに二人はキスすらしてない設定です…。
一体、二人はこの先どうなるのやら(>_<)

ここまでお読みいただいてありがとうございます☆


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