ショート夢(SD)

□きっかけは些細な事
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あの人はきっと気づいていない。

オレ達の出会いが、あの人が思うよりずっと以前だという事に。


気づいた時は驚いた。


名前も知らなかったあの人が、目の前に立っていたのだから…。



ずっと練習に使っていたコートを桜木が使うようになり、他を探して自転車を飛ばした。


何となく通った事のない道に入ってみると、そこに公園を見つけた。

決して家から近い訳では無かったが、ここなら桜木とハチ合う可能性も無いだろうと、そこを新しい練習場に決めた。


「こんな時間に公園にいるなんて、もしかしたらホームレス?」


練習を始めてしばらく経った日の事だった。

いきなり知らない女に話し掛けられた。
しかも女は酔っ払ってるらしく、足取りも覚束ない。


「見た所、高校生くらいかな〜?ホームレス高校生だ〜〜!」


うぜー。


朝っぱらから強烈な酒の匂いをかがされて、自然と眉間にシワが寄る。

すると女は唇を尖らせて腰に手をやり、オレの真向かいに立った。


「何よ〜、その顔。すっごいムカつく〜〜!あ、私の事ウザいとか思ってんでしょ〜」


そう言ってグッと胸倉を掴まれると、女の方へ身体を引かれた。

二人の距離が近づいて、酒の臭気が強くなる。

すると女はニッと唇を上げて、オレを見上げた。


「何で分かるかって?」


弧を描いた唇がやけに濡れていて、ゴクリと唾を飲んだ。

だが女は、そんなオレに気づかずに急に手を離して声を出して笑った。


「だって昨日、彼氏に言われたんだもん。そんで部屋から飛び出して、やけ酒しちゃった〜」


アハハと笑う彼女の表情は、先程の表情から程遠く、まるで子供みたいだった。


「本当、最低〜〜」


酒のせいなのかクスクスと笑い続けていたのだが、急に真顔へ戻った。


「私はただ、心配しただけなのにね……」


そう小さく呟くと同時に、女の目からポトンと涙が落ちた。


「おい…」


「ねぇ…男ってあんなのばっかりなの?」


涙が筋になって頬を流れている。

女はそれに気づいていないのか、顔をオレに向けたままで表情は変わらない。


「知らねー」


オレが目を逸らすと、女は涙を流しながら「そりゃそーだ」と微笑んだ。


「アンタまだ若いし、これからだもんね」


フフッと笑った顔は、大人っぽくて、オレはそのクルクル変わる表情に目を見張る。


「あぁ、何か…飲み過ぎた……」


胸に重みを感じたと思ったら、女の額がオレの胸に押しつけられた。


「おい…」


引き離そうと肩を掴めば「ねむ……」と呟く。


「ここで寝んな」


「じゃあ帰る……」


そう言ったものの、女はピクリとも動かない。

オレはため息を一つ。


「ったく…。家どこ?」


「あそこ〜」


指差されたのは、公園から程近い大きなマンションだった。


「タクシー止めるから帰れ」


「ん〜」


分かったのか分からないのか、女は身体中の力をオレに預けながらも頷いた。



「タクシー来た」


「ん…、ありがと」


「歩ける?」


女を支えながら、タクシーまで連れて行く。

すると女はわずかに目を開けて、オレを視界に捉えた。


「……アンタ、いいヤツね」


そうしてフッと柔らかく笑う。

タクシーに乗せると、女は背筋を伸ばした。


「誰だかわかんないけどありがとう」


「いいから早く帰れ」


ドアを閉めるようにタクシーの運転手に視線を向けると、女は「待って」とそれを止めた。


「アンタ、いい子だからこれあげる」


差し出されたのは、女の左手から外された指輪だった。


「彼からのプレゼント。いちおー、ブランド品だからそれなりの値はつくわよ」


女は「生活の足しにして?」と言って、オレの手にそれを握らせた。

ハッとして返そうとすると、タクシーの扉が閉まる。

視線が交わると、女はヒラヒラと手を振ってタクシーは走り出した。


変な女だ……。


オレは手の平に残された指輪を、ジッと見つめていた。


それから毎日、公園に行ったがその女と会う事は二度となかった。




あれから数ヶ月―。




「あれ誰ですか?」


「ああ。日本史の林先生の代わりに来た先生みたいよ?ここの卒業生で、バスケ部だったんですって」


「ふーん」


「安西先生に挨拶に来たみたいなんだけど、どうかした?」


「…センセーだったのか」


バスケ浸けの日常が、何か変わったような気がした。





〜あとがき〜

完結してないのに番外編です(笑)
そろそろ流川くんの気持ちが表に出たので、流川くんsideを書こうと思います(^O^)
こちらもボチボチと更新しますので、拍手連載と併せてお楽しみ下さい☆




 

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