拍手連載 先生と流川くん

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「また来てるんですか?」


「そうなんです。来た途端に寝ちゃって…」


社会科準備室に流川くんが寝てるのは、もはや日常になっていた。


この部屋に常在してるのは田中先生と私、そして岡本先生という男性教員のみだ。

田中先生は流川くんを面白がって見てるとして、岡本先生は40代のベテラン教員だが、この異様な状況に何も言わなかった。


「相変わらず懐かれてますね」


岡本先生は笑っていた。


以前、岡本先生に尋ねた事がある。


『先生は流川くんがここに出入りしているのを何とも思わないのですか?』


すると岡本先生は素直に答えてくれた。


『始めは特定の生徒が出入りするのは、いかがなものかと思いましたよ』


だけどそれは段々と変わっていったのだという。


『あの誰とも馴染まない流川が、ここに居場所を見つけた事は悪い事じゃないでしょう』


私はそう言われて納得する。

確かに流川くんは一人でいる事が多いし、積極的にコミュニケーションを取ろうとはしない。

その流川くんが心を開いてくれているのを感じるのは、教師としては喜ばしい事だ。


『そうですか?むしろナメられてる気がするんですけど』


その時の私は、何故か照れ臭くて岡本先生にそう言ったのを覚えている。


「あ、起きた」


むくりとソファーから身体を起こした流川くんは、私の方をボーッと見た。


「そろそろ昼休み終わるわよ?」


「うす…」


眠たそうに目をパチパチと瞬かせる流川くんの後頭部には、少しだけ寝癖がついていた。

そんな流川くんを見てると、つい笑みが漏れる。

生徒相手にどうかと思うが、年下男として可愛く思えたのだ。

とは言っても、生徒が可愛いと思うシーンは多々あることだし、別に気にもしてないのだけど。


その時、聞き慣れた着信音が鳴った。


「あ、消し忘れてた」


私は鞄から携帯電話を取り出すと、ディスプレイ画面を開いた。


「誰?彼氏??」


ニヤニヤしながら覗こうとするのは田中先生。


「まさか…。えっと……」


田中先生をかわしながらメールを開けると、差出人は仙道くんだった。


「仙道くんだ」


「仙道?」


俄かに流川くんが反応する。

知った名前が出たのだから当然だろう。

あれから仙道くんは私によくメールをしてくる。

内容はさして大した事はない。

『今から昼休みだ』とか『今日は部活だ』とか、どうでもいい事ばかり。

今だって『これから授業だ』とかいう内容のメール。

返事はどうしようかと思っていると、パッと私の手から携帯が消えた。


「流川くん?」


私の携帯電話を手にした流川くんは、じっと画面を見ていた。


「何でコイツからメールが来んの?」


「この間、ばったり会ってね」


私はそれ以上は何も言わなかった。

言ったら機械音痴がバレるし…。


「ふーん」


流川くんはそう呟いたものの、納得していない顔をしていた。

心なしか機嫌が悪い気がする。


「ほら、昼休み終わるよ?」


「…」


話を変えようとしてみるが、ジッと画面を見つめているだけだ。

するとタイミングよく、予鈴のチャイムが鳴った。

そして、岡本先生の「もう帰れよ」の言葉に、流川くんはようやく携帯電話を閉じて机に置いた。

私はというと、流川くんがドアを出る間際に、言い忘れた事を伝える。


「そろそろ試験前だから、しばらくココに入っちゃ駄目よ」


「何で?」


振り返って首を傾げる流川くん。


「試験問題作るからに決まってるでしょ?」


「ふーん」


流川くんは納得したのか、いつもみたいに教室に戻っていった。


一体、さっきのは何だったんだろう?


私は首を傾げたが、ふと次の授業を思い出して仕事に戻った。


おかげで仙道くんからのメールが消されている事には全く気づいていなかった。

そしてアドレス帳から仙道くんの名前が消えているのに気づいたのは、次に仙道くんからメールが来た3日後の事だった。


仙道くんといい流川くんといい、人の携帯電話を何だと思っているのだろうか?


私は二度と他人に携帯電話を委ねないと心に誓った。



〜13話に続く〜




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