拍手連載 先生と流川くん
□10
1ページ/1ページ
「ちょっと、佐々木くん。悪いけど前の椅子、蹴ってくれない?」
「え…えぇ!?」
「それが嫌ならそいつの後頭部、辞書の角でガツンとやってよ」
「いや、それはちょっと……」
私の指名を受けた佐々木くんは全力で首を横に振った。
それもそのはず、そんなことをしようものならば、クラス中は恐怖に陥れられると佐々木くんは知ってるからだ。
「佐々木くんがやらないなら、隣の木村くん!」
木村くんがビクッと肩を揺らす。
こちらも指名を拒否するつもりだ。
「じゃあ私がやるから、一番分厚い本貸して!」
私は一番前の席の伊藤さんに言うと、伊藤さんは明らかにうろたえた。
「早く!」
私が伊藤さんに手を伸ばすと、ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴り出す。
くそ〜〜っ!
私は胸の中の怒りを飲み下すように俯くと、佐々木くんに言付けた。
「そいつに後で準備室に来るように伝えて!」
そして教科書を力任せに閉じると、教室を後にした。
最近、また流川くんが寝るようになった。
つまらない授業をしたら寝ると言われているだけに、心中は穏やかではない。
私の授業、つまんないかな?
流川以外にはウケてるのに…。
私は社会科準備室の自分の机に教科書を投げるように置くと、盛大にため息をついたのだった。
―――――
昼休みになって流川くんがやって来た。
私はというと次の授業で使うプリントを見直していて、ちょうど終わりかけなので少し待って貰う事にした。
すると流川くんは、いつものソファーに座り込んで深く背をもたれた。
ん?
もしかして…。
流川くんは私が思った通り、大きな欠伸を一つすると目をしばたかせた。
おいおい…やっぱり。
そして、流川くんはそのまま目を閉じる。
「寝るな〜〜〜!!」
私が大声で怒鳴ると、流川くんは面倒くさそうに目を開く。
私の隣にいた田中先生も、驚いたように私を見ていた。
「ここはアンタの寝る所じゃないの!!」
再び他の先生達(と言っても田中先生しかいないが)の視線を無視して流川くんを怒鳴りつける。
すると流川くんは小さく舌打ちした。
「……ケチ」
「ケチとかそういうんじゃない!!」
だいたいさっきも寝てた癖に!
この男は何で呼び出されたか分かってんの!?
「何で毎日そんなに眠いのよ!!」
私はイライラしながら、流川くんに質問をぶつける。
すると流川くんは真顔で答えた。
「趣味……だから?」
「そんな趣味があるかっ!!」
「……じゃあ特技」
「アンタはの○太君か!!」
「アンタって言うな…」
「あっそ!じゃあこれから野比の○太くんって呼んでやるわよ!」
隣で田中先生の笑い声が聞こえてきた。
既に呼び出した理由を忘れているのは、私も同じだったのかもしれない。
怒鳴り散らしたおかげで何だか一気に疲れてしまい、読みかけだった机の上のプリントをトントンと束ね直すと、流川くんが興味深そうにこちらを見ているのに気づいた。
「何してんの?」
流川くんがこちらを見ている。
「予習!昼からまた授業だから!」
「ふ〜ん」
まだイライラしていて語気の荒い私に比べ、流川くんはいつも通りだった。
このマイペースさは本当に羨ましいと思う。
プリントを見ていると、ふと流川くんを呼び出した理由を思い出す。
「ねぇ…」
ソファーに浅く座り直した流川くんは、少し前屈みになっていた。
私は流川くんの方に移動して、気になっていた事を聞いてみた。
「私の授業ってつまんない?」
向かい合った私達だが、流川くんの座高は私の胸より少し上で、流川くんは上目に私を見ていた。
あれ?
こうして見ると、何かコイツ可愛くない??
「何で?」
上目遣いに見つめられ、何だか少し胸がざわついた。
「何でって寝てたじゃん」
「つまんなくはない」
いつもより大きく脈打つ心臓を無視しながら平然と話すのは、大人になるにつれて上手くなった。
それなのに―。
「じゃあ何で寝てたの?」
「…なんか安心するから」
ドクンッ
一段と心臓が大きく跳ね上がった。
今の言葉ってどういう意味??
私が言葉を探していると、珍しく流川くんから話し掛けてきた。
「それ、やんなくていいの?」
「あ……、やらなきゃ……」
やりかけのプリントの事を指摘されると、そろそろ昼休みも終わる時間が迫っていた。
「とにかく寝ないように気をつけなさいよ」
最後は教師らしく振る舞うと、流川くんは「うす」と小さく呟いて部屋を出て行った。
何て事のないただの普通の日の午後の会話。
なのにそれは、いつもの午後より少しだけ何かが特別だった気がした。
〜11話につづく〜
.