拍手連載 先生と流川くん

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「ちょっと、佐々木くん。悪いけど前の椅子、蹴ってくれない?」


「え…えぇ!?」


「それが嫌ならそいつの後頭部、辞書の角でガツンとやってよ」


「いや、それはちょっと……」


私の指名を受けた佐々木くんは全力で首を横に振った。

それもそのはず、そんなことをしようものならば、クラス中は恐怖に陥れられると佐々木くんは知ってるからだ。


「佐々木くんがやらないなら、隣の木村くん!」


木村くんがビクッと肩を揺らす。

こちらも指名を拒否するつもりだ。


「じゃあ私がやるから、一番分厚い本貸して!」


私は一番前の席の伊藤さんに言うと、伊藤さんは明らかにうろたえた。


「早く!」


私が伊藤さんに手を伸ばすと、ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴り出す。


くそ〜〜っ!


私は胸の中の怒りを飲み下すように俯くと、佐々木くんに言付けた。


「そいつに後で準備室に来るように伝えて!」


そして教科書を力任せに閉じると、教室を後にした。



最近、また流川くんが寝るようになった。

つまらない授業をしたら寝ると言われているだけに、心中は穏やかではない。


私の授業、つまんないかな?

流川以外にはウケてるのに…。


私は社会科準備室の自分の机に教科書を投げるように置くと、盛大にため息をついたのだった。



―――――



昼休みになって流川くんがやって来た。

私はというと次の授業で使うプリントを見直していて、ちょうど終わりかけなので少し待って貰う事にした。

すると流川くんは、いつものソファーに座り込んで深く背をもたれた。


ん?

もしかして…。


流川くんは私が思った通り、大きな欠伸を一つすると目をしばたかせた。


おいおい…やっぱり。


そして、流川くんはそのまま目を閉じる。


「寝るな〜〜〜!!」


私が大声で怒鳴ると、流川くんは面倒くさそうに目を開く。

私の隣にいた田中先生も、驚いたように私を見ていた。


「ここはアンタの寝る所じゃないの!!」


再び他の先生達(と言っても田中先生しかいないが)の視線を無視して流川くんを怒鳴りつける。

すると流川くんは小さく舌打ちした。


「……ケチ」


「ケチとかそういうんじゃない!!」


だいたいさっきも寝てた癖に!

この男は何で呼び出されたか分かってんの!?


「何で毎日そんなに眠いのよ!!」


私はイライラしながら、流川くんに質問をぶつける。

すると流川くんは真顔で答えた。


「趣味……だから?」


「そんな趣味があるかっ!!」


「……じゃあ特技」


「アンタはの○太君か!!」


「アンタって言うな…」


「あっそ!じゃあこれから野比の○太くんって呼んでやるわよ!」


隣で田中先生の笑い声が聞こえてきた。

既に呼び出した理由を忘れているのは、私も同じだったのかもしれない。

怒鳴り散らしたおかげで何だか一気に疲れてしまい、読みかけだった机の上のプリントをトントンと束ね直すと、流川くんが興味深そうにこちらを見ているのに気づいた。


「何してんの?」


流川くんがこちらを見ている。


「予習!昼からまた授業だから!」


「ふ〜ん」


まだイライラしていて語気の荒い私に比べ、流川くんはいつも通りだった。

このマイペースさは本当に羨ましいと思う。


プリントを見ていると、ふと流川くんを呼び出した理由を思い出す。


「ねぇ…」


ソファーに浅く座り直した流川くんは、少し前屈みになっていた。

私は流川くんの方に移動して、気になっていた事を聞いてみた。


「私の授業ってつまんない?」


向かい合った私達だが、流川くんの座高は私の胸より少し上で、流川くんは上目に私を見ていた。


あれ?

こうして見ると、何かコイツ可愛くない??


「何で?」


上目遣いに見つめられ、何だか少し胸がざわついた。


「何でって寝てたじゃん」


「つまんなくはない」


いつもより大きく脈打つ心臓を無視しながら平然と話すのは、大人になるにつれて上手くなった。


それなのに―。


「じゃあ何で寝てたの?」


「…なんか安心するから」


ドクンッ


一段と心臓が大きく跳ね上がった。


今の言葉ってどういう意味??


私が言葉を探していると、珍しく流川くんから話し掛けてきた。


「それ、やんなくていいの?」


「あ……、やらなきゃ……」


やりかけのプリントの事を指摘されると、そろそろ昼休みも終わる時間が迫っていた。


「とにかく寝ないように気をつけなさいよ」


最後は教師らしく振る舞うと、流川くんは「うす」と小さく呟いて部屋を出て行った。


何て事のないただの普通の日の午後の会話。


なのにそれは、いつもの午後より少しだけ何かが特別だった気がした。



〜11話につづく〜






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