深淵シリーズ短編集

□闇に思ふ
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 刹華―――ナルトは、任務を終えて里に帰参しながら溜息を吐いていた。
 明日は十月十日。
 里が一年の中で一番、悲しみと憎しみに支配される日だ。
 そして、それが全て元凶である自分に向けられる日。
 感情が失われてしまった今の自分には、それを苦しいとも悲しいとも思わないが正直言って全てが煩わしい。
 逆に言えば、煩わしいと考えることが出来るほど自我が戻ってきていると言うことで、喜ばしいことではあるのだろう。
 一時期は完全な虚無であった自分。
 だが、三代目やご意見番の二人、現在の監視兼護衛であるはたけカカシ。
彼らが真綿を包むような優しさと愛情で接してくれたことで、ようやくここまで戻ってきたのだ。
 それが自分にとって良いことなのか悪いことなのかわからないが。
「今日は早く帰って本邸で過ごしましょう」
 里にとって悲しむべき日ではあるが、ナルトにとっては誕生日。
この日に表に出るのは自殺行為だとわかっているため、本邸に身を潜め、静かに一日が過ぎるのを待つつもりなのだ。
 一日何をするか考えながら帰って来た刹華は三代目の執務室の前まで辿り着くと、執務室に見知らぬ気配がして立ち止まった。
「先客……?」
 思わず扉の前で耳を済ませると、聞こえてくる深みのある落ち着いた声。
三代目が守焉と呼ぶのが聞こえ、部屋にいるのが何かと噂になっている解部総轄長守焉であることを知り、胸がどきりとなった。
 任務書に添えられた正確無比な情報と緻密な策。
 守焉が総轄長に就任してから解部より回ってくる任務がずいぶんと楽になった。
 難易度自体は以前と変わらないのに、情報と策の違いがこうも任務に影響してくるとは思わず、刹華もずいぶん驚いたものだった。
 だから、人と関わりをあまり持ちたがらない刹華には珍しく彼には興味を持っていた。
機会があれば会ってみたいそう思うくらいには。
「面識を得るにはいい機会かもしれませんね」
 ほんの僅かに雰囲気を和らがせ、扉をノックしようとした刹華。
だが、それは聞こえてきた守焉の言葉によってぴたりと止められることとなった。
「……明日ですか。一番憎い日ですよ。怒りが込み上げるくらいに、ね」
 それを聞いた瞬間、刹華はその場にいられなくなり、気がついたら暗部総隊長執務室まで全速力で戻ってきてしまっていた。
「……っ、は、ははっ」
 執務室の扉に凭れ、思わず笑う刹華。
その笑みすら声だけで感情が伴っておらず、室内に空しく溶けていった。
「何を考えていたのでしょう、私は」
 刹華はポツリと呟き、天井を仰ぐ。
 明日は一番憎い日だと三代目に告げていた守焉。
彼も例外なく九尾を、ひいては器である己を憎んでいるのだ。
 会いたいと思っていた心が急速に冷えていく。
開きかけていた何かがまた閉じられていき、心に鋭い痛みが走った。
「胸が、痛い」
 初めてのことに刹華は戸惑いを感じたが、それも一時のことと無理矢理考えることを放棄する。
 何も感じない、考えない、思わない。
 それが己にとって生きていく上での平穏なのだと言い聞かせた。
「……報告に、行かなければ」
 しばらくそのままでいた刹華だったが、三代目の報告を済ませないと本邸に帰れないことをようやく思い出し、のろのろと三代目の執務室へ向かった。

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