本編1

□出会い
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「シカマル…」
 ナルトはそっと名を呟く。
一ヶ月前に出会った同じ年の子。
 初めて会った時、自分と同じ生き方をする人物がいることに驚きを隠せなかった。
彼が一体何を背負って生きているのか知りたいと思った。
自分に負の感情以外のものを向けてくれた二人目の人物。
 あれから何度か会い、話をして分かったこと、それは木の葉でも旧家と言われる奈良家の長男であることと、彼の頭脳の凄さ。
 彼の頭脳は通常のラインを遥かに超えていた。
ナルト自身も一般の大人だけでなく、一流と言われるエリート忍者達より優れた頭脳を持っているが、彼はそれすら凌駕している。
まさに人智を超えた頭脳といってもおかしくない領域。
一つの事実から全てを見通してしまうのだ。
初めて会った時にある程度彼の凄さを予測してはいたものの、見せ付けられると改めて感嘆してしまう。
実践に関してはナルトの方が勝ってはいるが、暗号の解読や戦略の分析力などはシカマルに到底及ばない。
 何回目かの時、ナルトは暗部任務終了後、直接待ち合わせ場所に向かったことがあった。
顔を合わせた直後、シカマルは数秒も経たない内に納得したような顔になり、こう告げたのだ。
「やっぱりな、お前、暗部やってんだな。めんどくせーことしてるな」
 すぐに言葉が出なかった。  
直接行ったとは言っても暗部服は着替えてから来たし、怪我をしていたわけでもない。
敵の血を被っていたわけでもないのにあっさり見破られたのだ。
 気を取り直して理由を聞くと、彼にしては珍しい、そんなことを聞かれる理由が分からないというようなきょとんとした顔を見せてくれて。
「そりゃあ、なあ。お前、気が高ぶってるし、敵さんのチャクラがわずかにまとわり付いてるし。これだと、霧隠れの上忍だな。相手は」
 とても三歳の子どもの分析力だとは思えなかった。
その場で暗部に誘いたい、一緒に任務をしてみたい、そう思ったほど。
 その誘惑はとても魅力的だったけれど、ナルトはぐっと抑えた。
シカマルはあまり目立つことをしたくない様子だったし、どう思われているのかも分からなかった。少なくとも嫌われてはいないようだったが、九尾のことを知られたら、嫌われるかもしれない、その時拒絶をされるのは嫌だ、そう思ったからだった。
 そんなナルトの微妙な心の動きを感じたのか、『ナルトと組んでやるなら暗部も面白いかもな〜』などと笑って言っていたけれども、結局ナルトは言い出すことは出来なかった。
 シカマルは、ナルトが暗部だと分かっても態度を変えなかった。
変わらぬ様子で術の話をし、禁書の話をする。
ナルトはそれが嬉しく、ますますシカマルに興味を持つようになった。
それが単なる興味ではなく、依存しつつあるのだと、信頼に変わっていっているのだとはっきり自覚したのは数日前のこと。
 待ち合わせの場所に早めに着いた為、待つ間仮眠を取ったナルトは、あろうことかシカマルに起こされるまでまったく気付かなかったのだ。
 起こされた時、ナルトは愕然とした。
暗部であり、生まれた時から身の危険に晒されていたという環境のせいで、人の気配がある場所では眠ることが出来ないし、寝ていてもすぐに目が覚める。
そんな自分が熟睡していたのだ。
 初めは自分の感覚が鈍ったのではないかとも疑った。
だが、シカマル以外の人の気配がある場所ではまったく眠ることが出来なかった。
 安心して眠れる場所は三代目の傍だけだったのに。  
シカマルの傍も安心して眠れる自分に、ようやく彼のことを信頼しているのだと自覚を持った。
 同時に、ナルトの中に怖いという想いが湧き上がる。  
シカマルが怖いのではない、シカマルに拒絶されることが怖いのだ。
それは、ナルトがまだ彼に秘密を持っているから。
 九尾のこと、神子のこと。
肝心なことをシカマルに一言も告げていない。
もしかしたら頭のいい彼のこと、すでに感づいているかもしれない。
だが、まったく知らない可能性も捨てきれない。
 彼が九尾のことを知って里人と同じように拒絶したら……その時自分はどうなるだろうか。  
絶望することがとてつもなく恐ろしかった。



 不安を抱え始めて数日、忙しかった任務がたまたま空いたナルトは、久しぶりに湖に向かった。
近くまで来ると、シカマルの気配を感じ、思わず顔が綻ぶ。
向かうスピードを心持ち上げ、待っているだろう彼の元へ急いだ。
 森がひらけて湖が見えると、シカマルが珍しく畔に立ってぼんやりと月を眺めていた。
いつもであれば寝転んだり、木に凭れて座ったりして待っているのに珍しいな、と思う。  
もう少し近づくと、いつもの彼の姿とは違うことに気付いた。
思わず立ち止まり、彼の姿を凝視する。
 シカマルは変化していた。  
十七、八まで体を成長させ、腰まである漆黒の髪を一つに纏めることなく背に流れるままに任せたその姿は、月の光を浴びてなんとも言えない艶かしい雰囲気を漂わせている。
 これまで変化した姿を見せたことがなかっただけに、はじめて見る姿は、ナルトに大きな衝撃をもたらした。  
何も言えずじっと見つめているナルトに気付いたシカマルは、振り返り、ふわりと微笑を浮かべる。
その表情がまた形容し難いほどの美しさで。
ナルトは赤面する自分を止めることが出来なかった。
「ナルト? どうしたんだ?」
 当の本人はまったく自覚がないようで、不思議そうに問い掛けてくる。
見惚れていたなどと、とても言えるわけがなく、ナルトは誤魔化すように目の前の疑問を話題にした。
「シカマルが変化してるの、初めてみた」
 言われて初めて気がついた、という顔をしたシカマルは、頭を掻きながらポン、と変化を解き、本来の姿に戻る。
ナルトはそれを少し残念に思いながら、黙ってシカマルを見ていた。
「初めてだったか? ……そうだな、ここに来る時は近くまで来ると変化解くもんな。今日は変化解く前に月に見惚れて忘れてた」
 苦笑するシカマルにナルトも僅かに笑って月を見上げる。
なるほど、確かに今宵は見事な満月。
加えて空も澄み渡り雲ひとつない。
月から降り注ぐ淡い光はよりいっそう幻想的な姿を醸し出す役割を果たし、絶景、と言ってもおかしくない景色を創り出していた。
「ほんとだ、今日は月が綺麗だ」
「だろ? これでもう少し大きかったら月見酒でもかわすんだけどな。さすがに三歳じゃ、体に負担がかかる」
 せめて六歳過ぎてからだな、と爆弾発言をしたシカマルに、ナルトも自分達だから大丈夫などという根拠のない納得の仕方をして同意した。
 傍に三代目がいようものなら『子どもの内から酒の味を覚えんでよい!』と怒鳴られただろう。
いや、あるいは呆れられるだろうか。  
そんなことを考えつつシカマルを見ると、彼も同じようなことを考えていたらしく、顔を見合わせて噴出していた。



 ひとしきり笑った後、いつもの様に他愛のない話をして穏やかな時間を過ごす。
そろそろ時間になり、帰ろうかという頃になって、それまで穏やかな表情だったシカマルが急に真剣になり、ナルトを見据えた。
何か予感めいたものを感じてナルトの心音も一気に跳ね上がる。
「……ナルト、聞きたいことがある。いいか?」
 頭の中で警鐘がなっているのに、シカマルの表情に飲まれて頷いてしまうナルト。
それを確認したシカマルはゆっくり話し始めた。
「俺は知っての通り、人よりも頭の成長が早い。そのせいか一つのことから全てが分かっちまって一時は生きる気力すら失いかけてた。他人から見れば一年も生きていないガキが何を悟ったようなこと言うのかって言われそうだけどな、実際その時は本気で感情の欠片もなくて、赤ん坊を演じているだけの生きる屍だった。そんな時、一冊の書物が俺に失っていた感情を甦らせてくれたんだ。それは単なる絵本に過ぎなかったんだが、内容がな、九尾事件を題材にしたものだったんだ。たまたま家の書斎に九尾事件に関する一般人の被害報告書のようなものがあって、絵本を見る前に読んでいたんだが、あまりにも内容が矛盾していて、真実が知りたいと思うようになった。これが俺の生きる原動力になった。それからの俺は真実を知る為、忍の力を身につけ、知識を得る為に蔵書館へ向かうようになった。ある程度のことはそこで確認できたし、一応の推測はもうすでに頭の中で出来上がっている。でも、どうしても確証を掴む為の最後のピースが足りねーんだ。 …初めて会った時、ナルトが四代目火影の忘れ形見だと知って、闇に生きる事情を多少なりとも聞いて、俺の捜し求めている真実の鍵を握っているのはお前だと、そう思った。それは同時に、お前が隠したがっていることを暴くことでもあるのが分かっているから、今まで言い出せなかった。だが、俺もこのままじゃ前に踏み出すことが出来ない。さらに前に進む為に真実を知る必要があるんだ。今すぐ話せとは言わねー。落ち着いてからでいいから、話してくれないか?」
「……っ」
 シカマルの言葉はナルトを凍らせるのに十分だった。
一番恐れていたことが起こってしまった。
シカマルが追っていたのがよりにもよって九尾事件だったなんて。
真実を知った時、彼はどう思う?
受け止めてくれるだろうか? 
それとも里人のように拒絶する?
 冷静に考えればシカマルが拒絶することなどありえないのだが、今のナルトにそんな判断が出来るはずもなく。
できることと言えば凍りついてる足を動かして、逃げることだけだった。
「ナルト!」
 遠くでシカマルの呼び止める声がしたが、振り返る勇気もなく、全速力で家まで走り続けた。





「ごめん、シカマル…ごめん……」
 家に逃げ帰り、ベッドに倒れこんだナルトは、シカマルへの届かぬ謝罪を繰り返し呟く。
 怖かった、どうしようもなく。
初めて得た同年代の信頼できる存在。  
こんな居心地のよい場所を失うことが、万が一にでも彼に拒絶されることが、ナルトには耐えられなかった。
 その日から、ナルトは湖へ行くのを止めた。
シカマルに会いたいという思いを募らせながらも、その恐怖ゆえに足を向けることが出来なくなった。
ナルトの精神はどんどん不安定になり、思いに縛られ、自らを雁字搦めにし、抜け出せない状態になっていく。
 それが一ヶ月にも及んだ時、任務にも影響が出始めるようになった。  
任務に失敗することはないが、怪我をして帰ってくるようになったのだ。
そうなると、どんなに巧妙に悩みを隠していても、三代目も気付かざるを得ない。  
 ここ最近元気のなかったナルトを心配していた三代目は、並の忍ならば重症に値する怪我を負って帰ってきた夜、とうとう黙っていられず切り出した。
「ナルトや、今悩んでいる内容は、わしには話せぬことかのう? よかったら話してみんか?」
「じいちゃん……」
「一人で悩むより、誰かに話したほうが早く解決することもある。こう毎回怪我をして帰ってくるのを見るのはわしも辛いのじゃ。出来ればいつものナルトに戻って欲しいのじゃが?」
 三代目の優しい言葉に、ナルトは耐え切れずじわりと涙を浮かべる。
それは三代目が初めて見るナルトの涙だった。
「ナルト…」
 三代目は小さな体をそっと抱きしめ、頭を撫でる。
暫くして、落ち着いたナルトは、小さな声で話し始めた。
 シカマルと出会い、初めて三代目以外に信頼できる存在を見つけたこと。
拒絶が怖くて九尾のことを言い出せなかったこと。
シカマルの境遇と、彼の求めていたものが九尾事件の真相であること。
 全てを語り終えた時、三代目は一瞬目を瞑り、天を仰いだ。  
自分のあずかり知らぬ所でナルト以外にも同じような境遇に生きる幼子がいたとは。  
たとえ将来忍の道に進むとしても、子ども時代は子どもらしくのびのびと過ごし、よりよい環境で心身の成長を遂げることを望み、理想とする三代目としては大きな衝撃だった。
ナルトのような子どもを二度とつくらぬようにしたい、そう願っていたのに。
 だが、ナルトにとって彼はありがたい存在だった。
ナルト自身は気付いていないようだが、明らかに彼に対する想いは引き返せない所まで来ているのが分かる。
そして彼も、ナルトに対する想いは単なる興味や友情の範囲を超えているように思えた。
「ナルト、よく聞きなさい。わしはシカマルに直接会ったことがないからはっきりとは言えぬが、話を聞く限りでは真相を明かしても問題ないように思えるぞ? 暗部であったことに気付いても動揺しなかったような子じゃろ? それにおよその推測ができているということは、ナルトが九尾の器だと予測した上で、それでもいいと言っているのも同然じゃと思わんか?」
「あ……」
 ナルトは三代目に諭されてようやくその可能性に気付く。
一瞬のうちに蒼白だった顔色は元に戻り、表情も明るいものに変化していった。
「じいちゃん…ありがと。俺、そんなこと考えもしなかった」
 いつもの調子に戻ったナルトに三代目は優しく笑いかける。
「怪我が治ったらシカマルに会ってきなさい。真実を話した上でナルトの気持ちもぶつけておいで。一緒にいたいのじゃろ?」
「でも、シカマルは……」
 三代目の言葉に躊躇いを見せるナルト。
三代目が言いたいことはわかった。
シカマルと一緒に暗部をしたい、そうすることで共に過ごす時間を増やしたい、そう思っていることを正確に見抜き、誘ってみろ、と言っているのだ。
 だが、シカマルがそのような生き方を望んでいないのをナルトは知っている。  
だからこそ言えない、そう思ったのだが…
「言わなければ伝わらぬこともあるものじゃ」
 足踏みするナルトの背を後押しするかのような三代目の言葉。
その言葉にナルトの意思はようやく固まり、決意に満ちた表情でこくり、と頷いた。
「今度わしにも紹介して欲しいのう」
「うん」
 出て行くナルトに声を掛けた三代目は、思わず祈る。
どうか、返事と共に僅かに見せた笑顔が曇らぬように、と。
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