本編1
□約束
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「はぁ…」
ナルトは小さく溜息を吐いた。
目の前のテーブルにはヒナタに貰ったチョコレート。
包装紙から取り出されたそれは、彼女らしさが溢れた上品な味の手作りで。
ナルトの好みに適う一品だった。
ナルトは一つ、また一つとチョコレートを口に入れながら合間に溜息を吐いて考え込む。
そんな動作をかれこれ三十分ほど続けていた。
今日の任務は単独で、あっけなく終わったナルトは帰って風呂に入ってさっぱりするなりずっとこうしていたのだ。
シカマルはまだ任務から帰っておらず、家には一人きり。
それはナルトには幸いなことだったが、彼の実力からして程なく帰ってくるはずだった。
「はぁ…」
ナルトは何度目かの溜息を吐いてころりとソファーに転がる。
一体何がナルトをそんなに悩ませているのか。
それは彼にとってはとても重要だが、回りにとっては『何だ、そんなこと』と言われかねないほど他愛のないことだった。
今日は2月14日。一般的にはバレンタインデーと呼ばれる日。
そのような行事ごとに疎いナルトは、今日アカデミーの帰りにヒナタからチョコレートを貰うまで全く気がつかなかった。
「ナルト君はシカマル君にあげるんだよね」
そう他意のない笑顔でヒナタに言われて不覚にも固まってしまったのだ。
ナルトが今日はバレンタインデーだということを忘れていたのを察したヒナタはこう助言をしてくれた。
「今日は大切な人やお世話になっている人にチョコレートをあげるのが一般的だけど、その人の欲しいものをあげるという方法もあるから、今からでもまだ間に合うよ」
アカデミーから帰れば今日はすぐに暗部の任務が入っていてチョコレートを買ったり、ましてや作ったりするどころではなかったナルトにはありがたい助言だったが、それはそれでナルトを再び悩ませることになった。
シカマルの欲しいもの、そう考えて思いついたのは、暗号や禁術書の類。
でもそれは、すぐ手に入るような代物ではない。
暗号は作ればいいが、それはなんだかバレンタインに相応しくないような気がした。
そしてもう一つ思い出したシカマルの欲しいもの。
それは以前約束をしたナルトからの口付け。
そこまで考えた時にナルトの顔は真っ赤に染まった。
「どうしよう…」
ナルトは帰ってきてからずっと悩んだ。
どうせならばシカマルに喜んでもらいたい、でも、自分からの口付けなんてとてもじゃないが恥ずかしくて行動を起こせない。
抱きつくのは大丈夫だし、シカマルからの口付けは嬉しくて拒絶したことはない。
なのに、何故自分からはしてあげられないのか。
そう思ってもやっぱり体は動かなくて。
約束してから今までずっと果たせないままだった。
「でも…今日は、今日だからこそ…」
ナルトは悶々とする気持ちを振り払うように声を出す。
そして何とか決心が固まりかけたその時。
「何が、今日だからこそ、なんだ?」
突然頭上から覗き込むようにシカマルの顔が現れ、ナルトは飛び上がりそうなほどの驚愕に包まれる。
シカマルもまさかナルトが自分の気配に気付いていなかったなどと思いもしなかったのだろう、彼が驚愕したことに驚きを表していた。
「シ、シカっ」
あたふたと起き上がり、思わず部屋から出て行こうとしたナルトをシカマルは反射的に腕の中に捕らえる。
「や、シカ、放してっ」
「ナルが、逃げないならな」
一体何故こんなに動揺しているのか何もわからないまま逃げられてはシカマルも何も対処できない。
そう思い、もがくナルトに優しく囁き掛ければ、ナルトもシカマルの優しさに触れて落ち着いたのか顔を赤くしながらもぴたりと動きを止め、力を抜いてシカマルに体重を預けた。
「…おかえり、シカ」
「ああ、ただいま」
落ち着いたナルトはふわりと笑みを浮かべ思い出したように挨拶をする。
シカマルもそれに応え、微笑みながらナルトの額に口付けた。